第10話

「俊兄、来たよー!」



 微睡みを感じていると突然体に強い衝撃を受ける。

 そのあまりに突然のことに俺は飛び起きる。



「な、何があった!?」

「おはよっ、俊兄!」



 目を開けるとそこにいたのはハルだった。

 姿はクリーム色のパーカーと赤色のスカートという元気な少女の印象そのままで、俺の記憶そのままのハルだった。

 茶色の髪は昔より伸びていて、やや大人っぽくも感じられる。


 ただ、どうしてかはわからないが、そのハルが今眠っていた俺の上に座っている。



「あ、あぁ、おはよう。ハル……。ただ、とりあえずどいてくれるか?」



 昔なら簡単に押し退けることができたのだが、今は寝起きだと辛かった。



「うん、わかったよ」



 あっさりどいてくれるハル。



「それでこんなに朝早くからどうしたんだ?」

「えっ、昨日俊兄にメール送ったでしょ? 遊びに来るって」

「……流石に早すぎるだろ」

「だって早く来た方がたくさん遊べるでしょ?」



 笑みを見せてくるハルだが、時計を見るとまだ六時だった。

 いくらなんでも早すぎるだろ! って思ったが、昔からハルはどこかに行くときはやたら早起きをしていたことを思い出す。


 相変わらず子供だな……と苦笑していたが、まだその癖は治っていないようだ。



「流石にこの時間だとどこも開いてないぞ?」

「うん、わかってるよ。でも俊兄のことだから不摂生な生活を送ってて部屋も汚いかなと思って、ハルが家事をしてあげようと思ったんだけど……」



 部屋の中を見てハルが不思議そうにする。



「綺麗……だね?」

「なんで疑問形なんだ?」

「だって俊兄だよ? まともに掃除できるなんて思わなかったよ」

「俺だって掃除くらい普通にできるぞ」



 やってくれたのは楓だけどな。

 俺もちょっとは手伝ったわけだから間違いではないだろう。



「掃除する俊兄は俊兄じゃないよ!」

「そこまでじゃないだろ」

「そこまでだったよ。いや、もういいや。とりあえず朝ごはんの準備をするね。何食べたい?」

「いや、作り置きがないか?」

「へっ!?」



 ハルが慌てて冷蔵庫を開けていた。

 するとそこにはタッパに詰められて置かれていた楓の作り置きがあった。

 それを見たハルはまるでロボットのようにぎこちない動きでこちらを向いてくる。



「えっと……、本当に俊兄……なの?」



 信じられない表情でゆっくり俺の顔を見てくる。



「他人に見えるのか?」

「ううん、見えない……」



 ハルは少し悩んだ結果、ある答えを出してくる。



「あっ、もしかして俊兄に彼女が!?」

「いや、そんなわけないだろう?」



 会社と家を往復するだけの生活をしてる俺にそんな相手ができるはずない。

 でも、ハルは確信を持って言ってくる。



「絶対にそうだよ! でないと俊兄の部屋がこんなに綺麗なはずないもん。それでどんな人なの?」

「本当に俺は独り身だ。残念ながらな」

「うーん、なかなかボロを出さないね……。まぁ、今日はまだ時間があるからね。ゆっくり調べさせてもらうよ」



 俺を訝しんでくるハル。

 やはり楓には昨日の間に伝えておいて正解だったな。



「それじゃあ朝ごはんにしよう。俊兄は何が食べたい? ハルはこのタッパのやつを食べるけど」

「同じものでいいよ」

「うん、俊兄ならそう言うと思って一緒に準備を始めてるよ」



 ハルはタッパに入れられた作り置きを皿に盛り付けてやってくる。


 そして、俺の向かいに座る。



「どうしてハルが座ってるんだ?」

「どうしてってハルもまだ朝ご飯食べてないもん。俊兄と食べようと思ってたから……。それじゃあいただきまーす」



 先にハルが箸を伸ばしていく。

 取った物は昨日の残り物であるハンバーグ。



「うわっ、なにこれ。美味しすぎるんだけど!?」

「すごいだろ!」

「うん、すごいね。で、誰が作ったの?」

「だから俺に彼女はいないって言ってるだろう?」

「彼女なんて言ってないよ? でもそこまで慌てるってことはそれに近しい人がいるのかな?」



 ハルがニヤけた表情を浮かべる。

 このくらいの歳の子だとやはり恋愛の話には敏感だな……。



「大丈夫、うまくいくようにハルが手伝ってあげるよ!」

「いや、いらん。それよりもこれを食い終わった後はどうする――」



 コンコンッ……。



 話してる途中に扉がノックされる。



「はーい」



 パタパタと小走りでハルが玄関へと向かっていく。



「えっ、俊先輩? 部屋間違えた?」



 外から困惑した渡井の声が聞こえてくる。

 そして、ハルが扉を開けると慌てふためく彼女の姿が見える。



「えっと、どちらさまですか?」

「あっ、私、岸野俊先輩と同じ会社の者で……えっと……」



 困惑する渡井をまるで品定めするようにその姿を見ていくハル。

 そして、彼女の胸で視線が止まる。


 自分のものと見比べて一度頷くと笑顔を見せる。



「俊兄のお客さんだね。少しお待ちください!」



 ハルが俺の元に戻ってくる。

 ただ、今の俺からも全然見えているのだが……。



「俊兄、彼女がお迎えだよ!!」



 とんでもないことを大声で言ってくる。



「えっ!?」



 それに反応したのが渡井だった。

 顔を赤くして、恥ずかしそうにしていた。



「はぁ……、ハルは余計なことを言うな。それより、どうかしたのか?」

「あっ、いえ、ちょっと料理を作りすぎたから俊先輩にもお裾分けしようかなって。さっき山北くんのところにも行ってきたのですけど……」

「それは助かるよ。取りあえず中に入ってくれ」



 渡井を部屋へと案内する。



「あっ、朝食中だったんですね。そ、そうですよね、まだ朝早い時間ですもんね」

「いや、おかずを作ってきてくれたのなら逆にちょうどよかった。でも、渡井の家ってここから近かったか?」

「歩いて五分くらいの距離ですよ」



 それなら知り合いがいるなら会いに行けるほどの距離か……。

 わざわざおかずを持ってきてくれたのもありがたい。


 渡井が持ってきてくれたのは唐揚げや卵焼きといった普通に弁当に入れるようなものだった。

 余ったと言うよりはどこかに行こうとしていたのがなくなった……解かそう言った理由かもしれない。



「それじゃあ、せっかくだからこれもいただくな」

「いただきまーす」



 俺とハルが手を合わせると渡井はグッと息をのんでいた。



「うん、うまいな……」



 渡井ってここまで料理がうまかったんだな。

 今までおかずを貰うってことがなかったからそこまで気にしたことはなかったかも。


 でも、ハルは眉をひそめて言ってくる。



「違う……」



 俺の反応を聞いて喜んでいた渡井が固まる。



「えと、違うってどういう……」

「これ、俊兄の作り置きと味が違うの」



 あっ、単に渡井が作り置きを作ってくれたと勘違いしていただけか……。



「俊先輩、そういえば最近お弁当を作ってましたもんね」



 事情がわかった渡井が乾いた笑みを浮かべていた。

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