第6話

 翌日、すっかり体調が戻った俺は会社に行く前に用意された朝食を食べていた。


 その隣には制服姿の楓。

 この姿で一緒に朝食を食べるのは初めてだった。


 なんだろう……、この光景を見ていると妹のことを思い出す。

 昔はよく見てた光景だが、一人暮らしをするようになって、ほとんど見なくなってしまった。



「……どうかしましたか?」



 茶碗を持ち、ご飯を食べていた楓が聞いてくる。



「いや、なんでもない」



 わざわざ楓に話すようなことでもないかと俺は口を閉ざす。



「そうですか。そういえば今日はお弁当を作らせてもらいましたので、忘れずに持って行ってください」

「弁当?」



 よく見るとキッチンには二つの袋包みが置かれていた。

 ピンクの包みに入れられた小さい方と青い包みの大きい方。


 色を見ればどちらを持っていけばいいのか簡単にわかる。


 ただ、これを会社で食うのか?



「いらないなら残してもらっても大丈夫です」

「いや、ありがたくいただくよ」



 でも周りの奴らに対する言い訳くらいは考えておかないとな。



 ◇



 会社に行くと渡井がふくれっ面を見せていた。



「俊先輩、山北君から聞きましたよ! どうして私もデパートに誘ってくれなかったのですか!?」

「いや、山北とあったのはたまたまだ。別に待ち合わせをしてたわけでもないし、俺の買い物の手伝いをしてもらっただけだ」

「それでもです! その時に連絡をくださったら飛んで行ったのに……」




 渡井は悔しそうな表情を見せていた。



「いや、休みにわざわざ呼び出すなんてどこのひどい上司だよ。俺はそんなことしないぞ」

「そうですね……。確かに普通だと喜ばれないことですけど……」



 深々とため息を吐く渡井。



「それよりわざわざお見舞いに来てくれてありがとうな。おかげですっかり治ったぞ」



 渡井に笑みを見せると彼女は一瞬驚いた表情を見せる。

 そして、すぐに満面の笑みで返してくれる。



「いえ、どういたしまして」

「渡井は果物を食べに行っただけだったけどな……」



 山北があきれた口調で渡井にいうが、その声は彼女には届かなかった。



 ◇



 昼休みになり、俺は弁当箱を持って食堂へと向かう。



「あれっ、岸野先輩。今日は弁当なんですか?」

「あぁ、たまにはな」

「流石に昨日の今日でそれはチャレンジャーだと思いますよ」



 たしかに調理道具は昨日買ったばかりだもんな。

 山北がそう思うのも無理はない。



「いや、大丈夫だと思うぞ……」

「……?」



 不思議そうに見守る山北の前で俺は弁当箱を開ける。


 中にはおにぎりと卵焼き、ソーセージとプチトマト。あとは手作りのハンバーグが入っていた。

 朝の時間があまりない中でこんなに作ってくれたのか……。


 すると俺の弁当を見て山北が驚きを見せていた。



「えっと……、これを岸野先輩が作ったのですか?」



 まぁ調理道具すら持ってない相手がこんな料理を使ってきたら驚くよな。



「あぁ、まぁな……」



 楓が作ったということもできずに俺は適当に誤魔化すしかなかった。


 すると、そんな俺の前に身を乗り出すように渡井が弁当を覗き込んでくる。



「う、うそ……。俊先輩ってそんなに料理ができたのですか!?」



 渡井が驚きを隠せない様子だった。



「どおりで私がお弁当を作ろうかと聞いてもダメだったわけですね……」

「いや、そういうわけではないぞ」

「わかりました。もっと俊先輩を唸らせるようなお弁当を作ってみせます!」



 ビシッと指を突きつけて、走り去って行った。

 そんな彼女を見送ったあと、改めて俺は弁当を食べる。



「いただきます」



 一つずつ弁当の中身を食べていく。

 やはりうまいな……。


 ハンバーグはしっかりと味が付いていて、卵焼きもふわふわでとても弁当に入ってるようなものに思えない。


 やっぱり楓の料理は美味いな。

 黙々と弁当を食べていく。すると山北が物欲しそうに見てくる。



「山北も一口食ってみるか?」

「いいのですか?」

「あぁ……」



 卵焼きを一つ、山北の皿にのせてやる。

 それを口に含む山北。

 その瞬間に目を大きく見開いていた。



「これ、本当に岸野先輩が作ったものなんですか!? うますぎますよ、これ」



 まぁそういう反応を見せるよな。

 俺はその反応に満足して、残りの弁当を食っていった。



 ◇



「どうでしたか、お弁当?」

「すごく美味かったよ。ありがとう」



 素直にお礼を言うと彼女は嬉しそうな表情を見せてくる。

 相変わらず一瞬だが。



「それよりもどうして急に弁当を作ってくれたんだ?」

「いえ、今日は学食がたまたま休みの日だったんです。でも私の分だけ作るのも、二人分作るのも変わらないですから」

「でも助かったよ」



 何度も礼を言うと流石に目に見えるほど顔が赤く恥ずかしそうにしていた。

 すぐに顔を背けていたが。



「それなら明日以降も作らせてもらいます」

「いいのか? 無理はしなくていいぞ」

「いえ、簡単に作れますので喜んでもらえるなら」

「まぁ、疲れてきたら言えよ。あとは何か困ったことがあったら相談に乗るからな」



 このくらいなら別に俺でもできるかなと軽い気持ちで言ってみる。

 すると、楓は少し悩んだあと、俺に言ってくる。



「それじゃあ少し相談に乗ってもらってもいいですか?」

「あぁ、いいぞ」



 こんなにすぐに相談されるのは予想外だったけど、何か楓に悩みがあるようだった。


 聞いて何か解決法を考えるくらいなら俺にもできるだろう。

 ただ、彼女の口からはとんでもないことを聞かされることになる。



「実は、今日同級生から告白されました。お断りはしたのですが、なかなか諦めてもらえなくて……」

「……断っていいのか?」

「はい、私は誰ともお付き合いするつもりはありませんから」



 そのことは以前も楓から聞いていた。



「それで何をしたらいいんだ?」

「単純なことです。今度の土曜日、私と一緒に出かけてください」

「……えっ!?」



 もしかして、彼氏のフリをしろって言うことか?

 さすがに年の離れた俺が相手じゃ無理があるんじゃないのか?



「大丈夫なのか、それで」

「えぇ、年上の好きな人がいるので……という理由でお断りをしましたので、むしろ岸野さんが好都合なんですよ」



 確かに部屋も隣だし、何かあっても頼みやすいか……。



「わかった。次の土曜だな。準備しておくよ」

「ありがとうございます。助かります」

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