第5話
日曜日、起きた時にはすでに昼前だった。
干したばかりの布団は何だかふかふかでついつい寝過ごしてしまったようだ。
そこで心配になったのは楓のことだった。
もしかしたら楓が朝ごはんを作りにきてくれたんだろうか?
寝ていては鍵を開けられないために玄関で立ち往生しているかもしれない。
少し心配になったが、ポストの中に入れられた手紙を見て、少し安心をした。
『岸野さん。まだ眠られているようなので手紙を残しておきます。ご飯は作り置きしてあるものが冷蔵庫に入っていますので、それを食べてください』
なんだろう。色々とすっ飛ばして夫婦にすら見える手紙の内容だな。
まぁ、俺たちの関係はあくまでもこの部屋の中でだけ……。
外に出たらただの隣人だからな。
書かれている通りに冷蔵庫を開けるとそこにはタッパに入れられた料理がいくつか置かれていた。
本当にレンジでチンをすれば食べられそうだ。
それを温めて一人で食べる。
やはり、素朴な味の料理だが、それがとても美味しく感じられた。
そして、腹一杯になるまで食事をした後に俺は買い物へ出向くことにする。
◇
最近のデパートは必要なものが一式揃うから助かるな。
俺は電車で二駅ほどのところにある大型ショッピングセンターへとやってきた。
目当ての品は調理道具一式と掃除用が一式。
楓から物を借りてると言う状況は流石に早く解消したい……と言う思いからせっかくの休みということもあって来たのだが、ここでばったりと山北に出会う。
「あれっ、岸野先輩もここで買い物ですか?」
「あぁ、そういう山北も買い物か?」
「えぇ、ここはいろんなものが揃いますから休みにはよく来てるんですよ」
山北を見て周りの女性が熱い視線を向けていた。
よくそんな状態で買い物ができるな……。
流石に感心してしまう。
「良かったら案内しましょうか?」
流石にこんな状態の山北と歩くのは避けたいところだが、本人が気づいておらず、善意で言ってくれている……と言うのが厄介だ。
それとあまりここにきたことがない俺が見て回るより、山北に案内してもらった方がいい……というのもわかってる。
「あぁ、それじゃあお願いできるか?」
「わかりました。それで何を買いに来たのですか?」
「えっと、調理道具一式と掃除機……だな」
「……やっぱりあの調理道具は岸野先輩のものじゃなかったのですね」
さすがに一度俺の部屋に来たことがある山北ならわかってしまうな。
まぁそれも折り込み済みで頼んだのだけど……。
「まぁな。少し借りてるものになるから早く自分のものを買っておきたかったんだ」
「わかりました。ではこちらに来てください」
まずは山北と一緒に調理道具を見に行く。
「まずは包丁ですけど……、どんな用途に使いますか?」
「どんな用途? 料理を作る意外の用途になんて使わないぞ――」
「あぁ……、そうですね。それなら三徳包丁にしておきましょう。さすがにいろんな包丁を用途ごとに分ける……なんてことは出来そうにないですもんね」
どうだろう? 案外楓なら出来そうだが……。
まぁ後々俺が使うことを考えたらそうして置いた方が良いか。
「それじゃあ包丁はそれにしておくか。他も案内よろしく頼む」
「はい、わかりました」
◇
それから山北の案内で一通り必要なものを買っていくと両手だけで足りないくらい袋の山になってしまった。
「すまんな、山北にまで持たせてしまって……」
「いえ、かまいませんよ。それよりもさすがにこのままじゃ他のものを見て回れませんね。一旦車に置きに行きますか?」
「車?」
「えぇ、ここまで車で来てますからよろしければ帰りは送っていきますよ」
「それは助かる。ありがとう、よろしく頼むよ」
俺たちは駐車場へと向かっていく。
すると、遠目でおそらく友達といるのだろう、楓の姿を見かける。
アパートで姿を見かけなかったのは買い物に出かけるためだったのだろう。
「ねぇ、この服可愛くない?」
「えー、でもすごく高いよ」
「楓はどう思う?」
「そうですね、湊さんにはこっちの色の方が似合いますよ」
「楓がいうなら間違いないね。ありがとう、これにするよ」
とても楽しそうな光景。
そんな中、一瞬楓と目が合う。
ただ、すぐに顔を友達の方へ向けていた。
外ではあくまでも隣に住んでるだけの他人。
そのつもりで俺も行動しないとな。
「どうしました? 何を見られていたのですか?」
興味深そうに山北が聞いてくる。
「いや、別に面白いことは何もないと思うぞ?」
「高校生……ですね」
俺の視線から見ていたものを察する山北。
「知り合い……ですか?」
「近所に住んでる子に似てるなって思っただけだ。それじゃあ車に戻るか……」
俺もそっちから顔を背けようとした瞬間に楓が満足そうな表情で一度頷いたのがわかった。
どうやら俺がここにきた理由を察してくれたようだ。
それを見て、俺は満足げに山北に告げる。
「それじゃあ、帰るか」
「……? はい、わかりました」
突然の俺の態度に一瞬首を傾げていた山北だが、俺を車に案内してくれる。
◇
その夜、いつもと同じように楓が料理を作りにきてくれる。
そして、いつものごとく向かい合って食べていた。
「友達と遊んでいたんじゃないのか? どこか食べに行くなら無理に来なくていいんだぞ?」
「いえ、流石に外食ができるほどお小遣いに余裕はありませんから」
「なるほどな……」
たしかに俺も高校生の時はそれほど金があったわけでもない。
だからこうして、自炊をして少しでも食事代を減らそうとしているのか。
「でも、最近は岸野さんが食事代を払ってくださるので随分余裕ができたんです。その点はすごく感謝してます」
この言い方だとなんだか犯罪チックに聞こえるな。
まるで金を払って一緒に食事をしてもらってるみたいな……。
「それよりも岸野さんも調理道具と掃除機を買われたみたいですね」
部屋の中に置かれている掃除機とキッチンに置いておいた調理道具を見て、楓は嬉しそうにしていた。
「あぁ、美澄を見てるとやっぱり必要なんじゃないかと思えてきてな」
「むしろ今までそれがなくて生活をできてきたことの方が驚きです」
きっぱりと言い切ってくる。
このあたりは相変わらずだなと俺は苦笑を浮かべる。
「まぁ、どっちにしても使い方がわからないから美澄に聞くかもしれないけどな」
「それくらい使えばすぐにわかります」
美澄に怒られながらも俺たちは夕食を食べていった。
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