第4話

「俊先輩、そのうどん美味しそうですよな。私も一口もらってもいいですか?」



 渡井が俺に近づいてきて聞いてくる。



「いやいや、流石にダメだろ! それよりも果物、切り終わりましたよ」



 山北がテーブルに果物を置く。

 律儀に爪楊枝が三本刺さっているところからおそらくみんなで分けて食べよう……と言うことなのだろう。



「美味そうだな……」

「普通の果物ですけどね」



 山北が苦笑を浮かべる。



「もぐもぐ……、でも、普通に美味しいよ……」



 速攻で渡井が果物を口に運んでいた。



「おい、それは岸野先輩に買ってきたもので……」

「ははっ……、いいよ、気にするな。俺はまだうどんが残ってるからな」

「はーい、それじゃあ遠慮しません!」

「いや、お前は遠慮しろ」



 山北と渡井がいつもの調子で騒いでくれるので、俺は少しホッとしていた。

 どうやら楓のことは気づかれていなさそうだな。



「それよりも岸野先輩って以外と部屋は片付いてるんですね。もっとこう……、足の踏み場もないのを想像してました。以前もそんなことおっしゃってましたから」

「ははっ……、つい最近片付けたところだからな。また散らかっていくと思うぞ」



 実際に片付けたのも俺じゃないけどな。



「……美味しかったよ」



 渡井がさらに置かれていた果物を平らげて、ゲップをしていた。



「って、だからそれは岸野先輩の……」

「いや、まだ切ってない分が冷蔵庫にあるんだろう? 後から食べさせてもらうよ」

「そう……ですか。それにしても思ったより大事なさそうで安心しました。これなら週明けには本調子に戻りそうですね」

「そうだな。せっかくの休みだからそれまでは安静にさせてもらうよ」

「では、そろそろおいとまさせていただきますね。流石にあまり長居しても岸野先輩の体に良くないですからね」

「うぅ……、残念だけど仕方ないね。俊先輩、またくるよ」



 渡井が手を振ってくる。

 ため息ながらそれに答えると嬉しそうにしながら二人は帰っていった。



 ◇



 翌日になるとすっかり俺は本調子に戻っていた。



「すっかり顔色が戻られましたね」



 当たり前のように俺の部屋のキッチンに立ち、料理を作る楓。



「あぁ、おかげさまでな。これでもう美澄に来てもらわなくても大丈夫だな」

「……いえ、この休みの間はしっかりと看病させていただきます」



 それならありがたいな。

 キッチンからいい香りが漂ってくる。



「それよりも昨日来られていた方は? ずいぶん楽しそうにされていましたけど」

「あぁ、会社の後輩たちだ。俺が風邪をひいたのを心配してくれたらしい。お見舞いの果物を持ってきてくれたんだ」

「えぇ、食後にいくつか切ってお出ししますね」



 それからしばらく待つと朝食を持ってきてくれる。



「岸野さんって魚も大丈夫でしたよね?」

「あぁ、普通に食えるぞ」



 進んで買うことはないんだけどな。


 目の前に並べられたのはご飯と味噌汁、それと焼き鮭、あとは付け合わせの漬物が数種類置かれていた。



 そして、俺の目の前に座る楓。



「まだ少しほこりっぽいですね。掃除もしたほうがいいかもしれないです」

「いやいや、そのくらい俺がするぞ」

「それができるなら今ほこりっぽくなってないですよね?」



 楓に言い負かされてしまう。

 たしかにできるなら既にしてるよな。



「それよりも冷める前に食べましょう」

「そうだな、いただきます」

「……いただきます」



 両手を合わせて料理をつまんでいく。



「うん、うまいな……」



 それしか言えない自分の語彙不足を呪いたいが、それ以上にまっすぐに伝えたほうが伝わると思った。



「それに誰かと食べるっていうのもいいものだな」



 よく考えると今まで作ってもらってはいたが、こうやって向かい合って食べるのは初めてだった。



「そうですね。一人だと味気なく感じるときがありますし」



 ただ、それ以降は黙々と朝食を食べ続けていた。



 ◇



「それでは掃除を始めましょうか」

「そこまでしてくれなくてもいいぞ」

「……いえ、ダメです。一度綺麗にしたほうがいいです」



 有無を言わさない楓。

 自分の部屋から掃除機を持ってきてしかも口にはマスク、髪は束ねてきて、気合十分の姿で戻ってくる。



「さて、とりあえず私は埃を吸っていきます。岸野さんはテーブルとか窓を拭いてもらってもいいですか?」

「あぁ、わかった」



 テキパキと指示をしてくる楓から雑巾を受け取るとまずは窓を拭いていく。軽く拭いただけで雑巾にははっきりとわかるほどの汚れがつく。



「意外と汚れるんだな……」

「そうなんです。だから頻繁に掃除する必要があるのですよ」



 そう言いながら楓は部屋に掃除機をかけていく。



「家具を動かすなら言ってくれ」

「わかりました。その時はお願いします」



 それから楓の指示を受けながら掃除をしていくと半日ほどで俺の部屋とは思えないほどに部屋の中が綺麗になった。



「あとは布団を干すだけですね」



 楓が窓を開けて、そこに布団を掛ける。


 あとは溜まったゴミを捨ててしまえばおしまいだ。


 額の汗を拭っていた楓にペットボトルのお茶を渡す。



「ありがとうございます」



 それを受け取った楓はゆっくりとお茶を飲んでいく。

 そんな彼女に俺は不思議に思っていたことを聞いてみる。



「どうしてここまでしてくれるんだ? お礼と言うのなら最初、ご飯を作ってくれたことで十分だろう?」

「えぇ、そうなのですけど、あとは私のエゴですね。私を助けてくれた人が体調悪くしたのを見たら放っておけなかっただけです。だから岸野さんが気にする必要はないのですよ」

「いや、それでもすごく助かったよ。ありがとう……」



 楓に頭を下げて礼を言うと彼女は嬉しそうに微笑む。



「感謝してくれるのならもう部屋を汚さないでくださいね」

「ど、努力する……」

「……すぐに汚れそうですね」



 結局楓は大きく溜息を吐いていた。



「仕方ないですね。これからも定期的に見に来ます、ご飯を作るついでに」

「……いいのか?」

「私が気になるからです。別に他に他意はありませんから……」



 どうやらこの奇妙な関係はまだ続いていくようだった。

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