第3話

「そういえば美澄は学校に行かなくて良いのか?」



 おかゆを食べながらふと気になることを聞いてみる。



「行きますよ。岸野さんも私が学校に行ってる間に病院に行ってきてください」

「……あぁ」



 寝れば体も良くなるんだし、無理して行く必要はないかなとも思うが。

 するとそんな俺の考えを読まれたのか、楓は少し険しい顔つきになる。



「ちゃんと行ってくださいね」

「……大丈夫だ」

「あと、流石に服を着替えさせることはできませんでしたから、着替えておいてください。スーツだと休めるものも休めませんので」



 楓に言われて未だに俺がスーツ姿のままだったことに気づく。

 ダメだな、こんなことにも気づかないなんて、相当ぼんやりしてるようだ。


 それだけ言うと楓は出て行った。

 後に残された俺は服を着替えると病院へと向かって行った。


 病院で診てもらった結果は、やはり疲労からくる風邪だった。

 安静にしておけば治ると言う言葉と一緒に薬ももらい、俺は部屋に戻ってくる。


 安静に……と言うことなので部屋に戻ると再びベッドへと戻って行く。

 するとすぐに眠気が襲ってくる。



 ◇



 トントン……。

 玄関のドアをノックする音で目が醒める。

 もう夕方か……。想像以上に疲れが溜まっていたようだ。


 俺はゆっくりベッドから起き上がる。

 今朝に感じていた風邪の症状はだいぶ和らいでいた。



「どちら様ですか?」

「……私です。美澄です」



 扉を開けると楓がスーパーの袋を持ってやってきたところだった。



「……一応いくつかの食材は買ってきました。食欲はどうですか?」



 昨日の夜から粥以外何も食べていないわけで、体調が戻りつつある俺は小腹が減っていた。



「だいぶ戻ってきたな。むしろ小腹が少し減っているくらいだ」

「それなら消化に良さそうなものを作らせてもらいますね」



 楓がキッチンに立つと料理を作る音が聞こえてくる。



「そういえばこの家に調理道具なんてなかっただろう。どうしたんだ?」

「私の部屋から持ってきました。このくらい揃えておいてください」

「……すまん」



 自分で料理をすることなんてないと思っていたので、この家には皿が数枚ある程度だった。

 そのことを窘められると素直に謝るしか出来なかった。



「いえ、そういえばうちの父親もそんな感じでしたし、気にしないでください」



 さすがに楓の父ほど年が離れていないと思うけど……。



「な、何か手伝おうか?」

「いえ、岸野さんは自分の体調を気にしてください」



 それもそうだな。

 元々作りに来てくれているのは俺が風邪を引いた罪悪感からだったもんな。

 ここはおとなしく休ませてもらおう。


 ベッドに戻り、少し体を休めていると突然側に置いていたスマホが震え出す。

 すぐにやんだところを見るとメールか?


 スマホを手に取るとそこには『山北』という文字が見えた。



『岸野先輩、体調大丈夫ですか? 仕事終わりにお見舞いに行かせてもらいます』



 簡潔な内容。

 わざわざお見舞いに来てくれるなんてありがたいな……。


 少し微笑ましく思いながらスマホの時計を見る。


『18:27』


 それを見て俺は固まってしまう。

 仕事の定時は十八時だ。

 その時間からまっすぐにこの家に向かってきたら十九時には着いてしまうだろう。


 つまり楓と鉢合わせしてしまうわけだ。


 さすがに今のこの状況、人に見せるわけにはいかない。



「どうしました? なんだか顔色が真っ青ですよ?」



 楓がテーブルに熱々のうどんを二つ持ってくる。

 確かに麺類の方が今の体調だと食べやすいな。


 刻まれたネギと卵くらいしか具材は入っていないが今の体調だとそのくらいの方が良いだろう。

 本当に俺の体調を考えて作ってくれたようでありがたい。



「いや、さっき会社の後輩から連絡が来た。これからお見舞いに来るそうだ」

「そうなのですね。では、私はこれで失礼させてもらいますね」



 楓は自分の分のうどんをお盆にのせると立ち上がる。



「あっ、そうです。治りかけが一番重要ですから、あまり無理して長い間騒いだりしないでください」

「あぁ、わかったよ……ありがとう――」





 楓が部屋を出て行くと俺はテーブルに置かれたうどんに手を伸ばす。



「うん、相変わらずうまいな……」



 やはり体調を気遣ってくれているようで薄めの味なのだが、それが昨日から粥以外を食べていない俺にはちょうどよかった。


 ゆっくりとうどんをすすっていると玄関の扉がノックされる。



「山北か? 開いてるから入ってくれ」



 ベッドから声を出すと扉がゆっくり開かれる。



「俊先輩、大丈夫ですか?」



 扉からゆっくり顔をのぞかせてきたのは渡井だった。



「あれっ、渡井も来てくれたのか?」

「俊先輩が大変だって聞いたから慌ててきちゃいました」

「そうか、すまんな。迷惑をかけてしまって」

「いえいえ、全然迷惑じゃないですよ。むしろ公然と俊先輩の家に来られてラッキーでした。あっ、山北君と一緒にってことですからね」



 顔を赤くして、必死に手を動かす渡井。

 すると渡井の後ろから山北の声が聞こえてくる。



「渡井、ほどほどにしろよ。岸野先輩は風邪なんだからな。あと。ちょっと中に入ってくれないか? さすがにこれを持ったままなのはつらい……」

「あっ、ごめんなさい。それじゃあ、俊先輩。お邪魔させてもらいます」



 渡井が靴を脱いで中へと入ってくる。

 すると、その後ろから大きな果物かごを持った山北が姿を現した。



「これお見舞いの品です。よかったら食べてください」

「あぁ、ありがとう。助かるよ……」



 ただ、それだけの量があっても食い切れるはずないだろう……。


 苦笑を浮かべる。



「きっと俊先輩だったら何も食べてないんだろうなって多めのやつを買ってきたんです……けど?」



 渡井が俺の手元にあるうどんを見て首をかしげる。



「えっと、インスタント……?」

「……さすがにこれはインスタントには見えないですよ」

「そ、それじゃあどうして?」

「えっと、風邪引いた俺を心配してくれた知り合いが作ってくれたんだ」



 すると渡井が口を大きく当てて、驚いていた。



「えっ、俊先輩に知り合いなんていたんですか!?」

「……当たり前だろう」



 とは言っても、ほとんど会社と家の生活を繰り返している俺が話すのはたまにやってくる妹と楓くらいだ。


 ……驚かれるのも仕方ないか。



「まぁ、こうして体調も大分戻ってきたからな。山北達には迷惑をかけてしまったな」

「いえ、早く元気になってくださいね。それじゃあ俺はこの果物を切り分けますね。残りは冷蔵庫に入れておきますのでまたあとから食べてください」

「あ、あぁ……」



 山北は手際よく果物を切って皿に盛り付けていく。

 あれっ、この家に包丁なんてあったかなと思ったが、おそらく楓が持ってきたものなのだろう。


 その間に俺は残りのうどんを食べていった。

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