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 ここは女の楽園か、いや楽園じゃない。恐らくド田舎の純情JKが想像しているほどこの建物は大きくないし流行のグラウンドゼロでもないのだ。ただただ象徴的な建造物。イメージによって作り上げられた偶像。あまりの人で狭苦しい。空気が薄い。甘ったるいフレグランス、精一杯に作られたキュートなヴォイス、とにかく人だ。人、人、人。見渡せば360度、全て人がいる。服装も似たり寄ったりという感じ。原宿ほどに奇抜な格好をしたのはあまりいない。チッ、つまらねえ。

「なんだこりゃ、何処もタイムセール、タイムセール、タイムセール、タイムセールしか能がないの?」

「そんなもんでしょこの時間帯なんてぇ」

 顔をしかめる深零に対して冷静な凛。いつもとは真逆の組み合わせだった。

「どうだったよ、原宿」

「特に買うもんなんてないよ???」

「はあ」

「雰囲気だよ雰囲気ィ、ああいう空気をカンジないと!!!」

 深零が人殺しをしている間、彼女たちは原宿で悠々と過ごしていたらしい。別にそれでいいのだ。

「訳の分かんないドリンク飲んでさー、スターバックスで空気に呑まれて、それでいーんだヨォ」

「いつもとは打って変わって哲学的ね、なんか言ってやったら志保」

 はえー、と大して興味もなさそうなオタクが一人。果たしてこの三人が何故に噛み合って回っているのか、この三人の内の誰も分かっていないだろう。微妙、絶妙な隙間を伴っている。その空気は不可侵領域。誰も決して侵食しようとしない、誰も食むことのない聖域だ。まるで遥かなる頂きの頂上のように。

 深零は二人が山のように荷物を抱えてくる事を予想していたがそうでもなかった。人をかき分け、エスカレーターで上へ。その階を回ればまた上へ。それをただひたすらに繰り返す。流れている音楽の趣味が壊滅的に合わない。そういう点では苦痛だ。音楽は深零にとっての重要なファクターだった。タバコと酒と音楽は全てを忘れさせてくれる。特にこれと言って買う物もなく、凛が数点小物を買っただけだった。別にこんなのわざわざ渋谷で買う物でもないだろ、なんて深零は内心で思ったりもするが彼女たちはこの時間を楽しんでいるのだった。自分も嫌々ではない。自然と時が流れる…それで良かった。それを掻き消すかのような着信。優からだった。ちょっと、と場を離れる。


「深零ちゃん?」

「私よ、何か用?」

「おっと…その騒がしい感じからして取り込み中か」

「取り込み中は取り込み中だけど…大丈夫、何か用件があるんでしょう」

「例の男やったんだろ、IHAR社から報奨金が来てる」

「情報を外部に漏らしたのね」

「いや俺は漏らしてないぞ」

「じゃあシロナか…ヤツには逆らわない方がいいのよね」

「深零が恐れる世界悪女の一人、だもんな」

「そ。このワタシが、はーおっかねえーって認定する一人ですもの。でもなんでIHARから?」

「さあね、闇市場で武器を捌く死の商人の彼らからしたら何か不都合なことでもあったんじゃないの?」

「まあいいわ」

「後、要望のあったのはそれなりに用意できる…VECTOR、MDR、Mk.18、Mk.20SSR辺りかな」

「VECTOR?」

「あのVECTOR。9mm仕様だけど」

「ならいらない、あとSSRって軽かったっけ?」

「前に渡したG28と比べれば約1キロ」

「それは買い。あれさ、サブじゃなくて556でも762でもいい、PDW仕様のAR手に入らないかな、最近っていうかここ最近か、ともかく最近。やたらと“硬い”のよ。拳銃弾じゃ不安」

「MK556の試作モデルとか」

「ああ…ドイツの次期主力のヤツだっけ、部品供給とか大丈夫なの?」

「ほぼほぼ一品物だからなあ、その点はムリだ」

「却下、安心して使えないなんてクソ」

「なら416の300.BLK仕様とかどうだい?」

「なにそれ興味ある」

「それこそさっきのIHAR経由なんだが…SOCOM向けに試験納入の予定がある416プロトだ。仮称はHK416LVW」

「LVW?」

「低視認性特殊攻撃銃の略だとさ、ドイツ人が付けそうな名前だよ」

「フン」

「メーカーとしては“実地試験”を求めてるらしくてね、結構色々な所に無償提供してるらしい。MLOK、OMEGAサイレンサー、416C仕様のワイヤーストック、展開状態の全長はサイレンサー装着時のMP7と変わらない、プロトだが当面の間は部品供給OKだとIHARの連中は言ってた」

「買い」

「じゃあ手数料だけね、あくまで実地試験だからな。逆に言えばIHAR経由でフィードバックを送らなきゃならん。MLOKってのが憎いよな、自社のHKeyじゃねえってのが」

「最悪、将来的に米軍の特殊部隊系の標準装備になる可能性を秘めているし本気なんでしょう」

「通常弾、亜音速弾を含める弾薬、補修部品とかは無償で供給される。ガンガン使っていい」

「美味い話だけど裏がありそうね、現物はあるの?」

「ああ、サンプルって言って置いて行ったのがある。見に来るかい?」

「出来たら今日中に行くわ」

「はいよ、待ってる」

「あ、後さ、言ってたMK.18って最新の?」

「そう、だけどあんましオススメはしないかなあ、なんか胡散臭いのヨ」

「その辺りも含めて話を聞こうかな、じゃあね」


 通話が終わる。過剰なファンシーさを撒き散らす雑貨店にいた二人の元へ戻った。色彩がビビット過ぎて吐き気がする。何処となく化学臭。オエッ。

「待たせた」

「ウーン、イケヴォ…」

 今まであまり喋らなかった志保が急に口を開いたので深零は驚いた。

「もう一回言って」

「なにを…?」

「待たせたって」

「待たせた」

「ちょっと違うんだよー」

 まーた始まったよ、と凛が溜息をもらす。志保が面倒くさいオタクである事を深零はすっかり忘れていた。やれやれ、また長い自分語りが始まるぞ。やれどの声優がだの推しがだの、何時も楽しそうに話しているので嫌な気分はしないのだが、自身の知識外の事柄を延々と説明され続ける辛さは筆舌に尽くしがたいものがある。世間では「おいオタク、そういうとこやぞ」と言うらしいのだが。

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