1-15『光を求めて』

「ところでロキくん。――迷宮の仕組みは、ある程度理解できているかしら」


「一〇階層までの情報として、迷宮内は基本岩場で階を移動する手段は、階段のみ。

 あとは……魔獣の発生とか、でしょうか。常に迷宮の壁の内側で生成され、急速に成長し、ある程度の成熟度になると壁の外に這い出てくる、くらいだったら」


「その通り。加えて、魔獣は迷宮への侵入者を敵とみなすようにできているわ、どんな理屈化は知らないけどね。なので見つかってしまったらすぐに戦闘が始まるの」


 今のところ、一〇階層が最深で、学者等の推測によると一〇〇は層があるのではないか、という意見もある。


 ……現実的に、迷宮を踏破して最上階へと向かうのは無謀かもしれない。時間がかかり過ぎれば、シグの無事が見込めなくなる。それに、あくまで僕らは敵地に殴りこみをしているのだ。手間取ってしまったら、要件を満たせない上に四面楚歌に陥りかねない。


 だからといって、迷宮はズルを許してくれない。


「聖樹をよじ登るとか、飛行して最上部に行ったりすることは不可能なのかな?」


「不可能ですね。実践例もありますし。


 ある程度の高さまで到達すると、一級品の魔術師ですら突破できない壁があるらしいです」


「でも、それって人間に限った話じゃないの?」反駁したのはアリアだ。ぱんぱんっ、とロングスカートの裾を正して、床を蹴るっ!「こちとら、魔族よっ! なんとかなるはず!」


 アリアの身体が跳梁する。身体の輪郭が所々ぼやけて見えた。身体を組成している魔力を空気中に分散させることで『魔力として』障壁に紛れようとしているのか。


 しかし、ある程度まで速度が出てきたところで、彼女は見えない壁に阻まれた。


 障壁がぽよんと波を立てている。アリアが突破すべく、魔術を放ったり、身の丈の倍以上ある大剣を振り回したりしたところで謎の物質が威力を打ち消す。


 挙句、アリアの攻撃によって溜まった力が壁を伝い、一斉にシグへと立ち塞がった。

 高波となって跳ね返り、彼女は大地に一直線で突っ込んでしまう。

 ローザが弾丸のように跳ねていった。


「アリア!? 大丈夫なの!?」


「アタシは、別に……。

 アンセル・セロージュ、アンタの行ったことは本当のようね」


「ふふ、おだてているのかしら、赤髪の魔王妃さん」


「アリアよ。ちゃんと名前で呼んでほしいんだけどね」


「人の役職名に敬称を付けるの、会長の癖なんだよ。だから、あまり気にしないでくれ」


 外からの突破ができないと悟ったところで迷宮に入る。

 中は篝火が焚かれ、ギルドの手によってある程度整備されている。


「層があがるごとに整備された地帯が減っていくので、注意しなきゃなりませんわよ、ロキくん。明かりがないのは当たり前、道だってほとんど開拓されていないし」


 短い呼吸を繰り返しながら、小さく頷く。


「一〇階層に到達した冒険者はこれまでで五人しかいません。それも二〇人のチームで行って、道中で七割五分死んでいる、というあまり芳しくない結果。何にせよ、犠牲はつきものです」


「大丈夫ですよ、会長。犠牲は一人も出しません」


 頬が自然と吊り上がる、ニィと。

 漏れ出した魔力が張り詰めた空気を生み出す。会長が口元を軽く覆い、嗚咽を漏らしていた。


「今の僕には魔術がありますし、それに……ローザやアリア、学院第一位の快調だっているんですから」




 言葉通り、僕らが一〇階層まで踏破するのにかかった時間は一時間程度だった。


 会長が空間魔術【凍土創造生命鎮魂戟】を常時展開。凍土と化した迷宮の壁内から未成熟な魔獣が這い出てきたところで、僕とアリアが迎撃する。ローザは主に回復と身体強化の魔術で三人を援護。


「ローザが能力を底上げしてくれたから魔術の出が良かったよ、ありがとね★ 魔王様もかなり慣れてきたんじゃない?」


「リハビリにはぴったりだったようだな。でも、会長が事前に魔獣を弱らせていたからこそ、ですね」


「お世辞はよろしくてよ、庶務くん。貴方たちの連携が素晴らしくて、わたくしも安心して術を保てました」


 初対面のはずなのに何故、息がぴったり合うのか。魔王様の力が馴染んできたからだろうか。


「それにしても」


「迷宮の探索って、こんなに簡単なものだったなんて……知らない世界に連れていかれた気分ですわね」


 全員が全員規格外で、人智を超越している。アンセルの武者震いは止まりそうになかった。




 しかし、――一行の快進撃もそれまでだった。


「……上の階に進む道が、どこにもない」


 かれこれ二時間以上は探索した。一〇階層のありとあらゆる道を隈なく探し尽くした。その度に発生する魔獣と出くわして、かれこれ五〇体以上を屠ったところだった。


 快調が懐から懐中時計を取り出して、目の前に掲げている。


「既に日を跨いでいるわね。……午前一時半よ」


「会長、あまりお顔が優れないようですが……」


「ローザさん、わたくしに回復魔術を掛けてください、できるだけ強めのものを」


「は、はいっ」


 ローザが細い手指を会長の背中に押し当てる。指先から発生した魔方陣が光を発して、力なく丸まった背中へと吸い込まれていく。怪我を負っているわけではないので、オドを譲渡するだけで彼女の体力は回復した。


 探索は続く。が、いっこうに見つかる気配もなく、さらに一時間が過ぎた。


 万策尽きた、かのように思われた。


【凍土創造生命鎮魂戟】で魔獣に干渉されないスポットを生み出し、一時的に休憩を取る。僕は置いておくにしても、ローザやアリアにまで疲れが見えてきた。アンセルも回復魔術で誤魔化しを利かせてやりくりをしてきたが、目の隈が目立ち始めてきた。深更にするべきことではない。が、時の流れは絶対に待ってくれない。


 迷宮内には風もなく、ただ、無音で満たされている。

 壁の中で生育中だった魔獣を軒並み屠殺したからか、暫く魔獣は出現しなかった。


 呼吸を整えていく。凍土の上に大の字で転がった。肉体的疲労は皆無だが、精神的にはそろそろ危うい。


 ――雑念を取り払うべく、目を閉じる。周囲はアンセルとローザ、アリアの魔力が微かに立ち込め、凍土の奥ではひたすらに真っ白なマナが空気中を浮遊している。


 ただし、――一点を避けるように。

 一定の間隔をあけて、水滴が垂れている、天井の岩場。

 ぴと、ぴと、と。繰り返し、跳ねる音が木霊する。


「あそこの岩場、天井から水が垂れているところ。魔力の流れがおかしくないか?」


「……っ!」いち早く反応したのは、アリアだった。「アンセル。……凍土、壊すよ」


 彼女の赤髪が逆立つ。凍土内の空気が急上昇していき、視界が白く霞んでいく。桐を模した魔力が虚空に霧散していき、それらの粒子はアリアの右腕の先へと指向性を得た。


 微粒子が結合、組成し急速に大剣が紡がれる。


「どうしたのっ、アリア!」


「上の階、見つけたよ」


 アリアは疲労しきった表情を解いた。


「どこか、見落としていた階段があったんですか……!?」


「迷宮を登る手段は、一〇階層まで総じて階段だったようだけど。――誰が階段じゃないと上の階に進めないって言ったの?」


 つまり、アリアは一一階層への移動手段が別にあると考えているようだ。


「魔王様の気づきがなかったら見落としていたかもしれないね」


「僕の、気づき……?」


「魔力の流れがおかしいところ、一か所あったでしょ?」彼女がピンと指さした先には先程の、水滴が滴る岩場があった。「迷宮は聖樹っていう魔力源の中にあるでしょう。常に濃い魔力が流れているはず。なのに!」


「一点だけ、一切魔力が流れていない!? どうしてかしら……!?」


「分からないなら、力づくで究明すればいいんだよっ!」


 驚愕を浮かべた会長の横を、疾風と化したアリアがひた走る。

 千万無量の肢体を露わにした大剣【龍噛砲餓】は、鞘に収められたまま中段に構えられる。

 鞘は生物の肉を幾重にも重ね、継ぎ接げられている。血走った単眼が中心でぎょろぎょろと蠢いていた。

 その単眼が目当ての天井付近に近づくにつれ、目線の焦点を合わせ始めた。


「【龍噛砲餓】、壁を呑み込んでっ!」


 ヺァァッ! と腹の底に響く唸りとともに鞘の切っ先がぱっくり開く。

 獰猛な軟骨魚綱の如き刃が縁でギラギラと光り、次の瞬間岩場を挟み込み、顎の力で一気に削ぎ取った。

 頭上の岩が崩れ落ち、土煙が舞い上がる。アリアの頭上から一筋の光が差し込んでくる。


 ――光? 迷宮から抜け出した、のか?


 【龍噛砲餓】の顎がかみ砕くほどに光の筋は徐々に大きくなっていく。

 眩しさに慣れるように瞳孔が開いていく。

 だが、夜にしては、明るすぎる。


「……これは、なんなんだろ」


 低い天蓋が開かれる。割れ目から上へと這い上がると、一一階層の全貌が視界を埋め尽くした。

 そこにあったのは、未知なる情報量の塊だ。


 ――いうなれば、研究施設。それも、魔術ではなく、始祖神教で禁忌とされているはずである、科学の。


 開かれた空間は純白の光で包まれ、円筒状が果てしない空へと伸びている。

 筒を囲うようにして、無機質なカプセル状の器が上へ上へと連なっていた。

 その一つ一つは薄い緑の液体で満たされ、中央には桃色の肉片のようなものが浮遊している。

 近づいてみれば、それらは皆、


「臓器、か。心臓、胃、すい臓、小腸、大腸……、目玉もある。どれもこれも人体から取り出したものだ」


「見たところ、魔族の臓器はありませんね。全部、人間のもの。でも、どうしたらこんなに臓器が」


 頭上から一つ一つカプセルを調べ上げたうえで、ローザが至極単純な問いを放つ。その後ろでアンセルが、容器に浮かんだ眼球をじっと眺めていた。ガラス製のそれには小さく、ラベルが貼りつけられている。


「この目……、ラベルの名前」


「どうしたんですか、会長」


 長時間に渡る探索の末、輝きが半減してしまった金髪。その合間からだらり、と汗が滴り落ちていた。


「思いもよらないところに、『事件』の手掛かりが、眠っていたかしらね」


 眼球が、ラベルを見つめている。

 そこには、件の『迷宮魔術師殺害事件』で殺害された学生の名前が記されていた。

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