第21話
インターンシップ二日目。
園児たちも昨日でだいぶ慣れたのか、詩に対しても俺に対しても明るく接してくれるようになった。
みんな普通に接してくれるのだが、若干一名は普通ではなかった。
「先生、この状況どうすればいいですか?」
「全然そのままで大丈夫ですよ。天沢さんの事気にいったみたいですね」
「そんな他人事みたいに‥‥‥」
どのような状況かというと。
「今更だけど、お名前教えてもらっていいかな?」
「さくら」
「さくらちゃん? 皆見てるから離れよ?」
「いいの。きょーもあしたもおにーさん一人占めするの」
「俺が恥ずかしいんですが‥‥‥」
そう、昨日「抱っこ」とせがんできた女の子に今日もガッツリホールドされている。
まだ保育園に来たばかりなのに出会って4秒でホールドされた。
その時のお母さんの顔と言ったらもう。
* * *
「おはようございます~」
「おはようございます。さくらちゃんおはよ」
「おはよーございます!」
さくらちゃんとその母親が保育園まで一緒に登園してきた。
「先生、昨日何かあったんですか?」
「昨日ですか? 特に何もないですけど‥‥‥」
「いや、この子昨日からおにーさんおにーさんってずっと話してて止まらないんですよ」
「あー‥‥‥そうですね、何もないというのは嘘になりますね」
「全然大丈夫なんですけど、珍しく楽しそうだったので、ちょっと気になってしまって」
「せんせー! おにーさん来てる⁉」
さくらちゃんが横から割り込んでくる。
「天沢さん? 来てるからちょっと待っててね」
「うん!」
先生が俺の事を呼びに来る、この時、俺は何かしたかなとちょっとだけヒヤヒヤしていたのだ。
「はい、連れてきたよ」
「おにぃぃぃさぁぁぁん!」
「うぉわ!」
俺の事を見た瞬間ダイビングホールド。
当然、先生と母親は驚くわけで。
「さくら?この人が昨日のおにーさん?」
「そう!今日もねおにーさん独り占めするの!」
お母さんの表情をみればなんとなくわかる。
その娘の急変に驚きを隠せないその表情。
この子、今までそういう感情を表に出していなかったのだ。
事情を深く知るつもりはないが、おそらく父親に関係することなのだろう。
「おにーさん、早くいこ?」
「あ、うん。いこっか」
俺とさくらちゃんはその場を離れ、部屋へ戻った。
「あの子、ある日を境に家では滅多に笑わなくなったんです」
「え?」
「去年夫が病気で亡くなったんです。それからあんまり感情を出さなくなってしまって」
「そ、そうだったんですね」
「きっと寂しいのだと思います。私自身もなにもしてやれなくて、あの子の歳だったらもっと甘えたいはずなのに」
重い事情に先生は何を言えずただただ黙るだけだった。
先生自身は旦那もいて、子供もいる。
母親の立場になって考えるととても辛いものだと共感してしまう。
「けど、よかったです。娘が元気を取り出したみたいで。それに抱っこの正体なかなかイケてる子だし、我が娘ながらみる目ありますね」
「あはは‥‥‥」
「天沢くんでしたっけ? 彼に伝えてください」
「はい?」
「あんまり娘の事甘やかすと、責任取ってパパになってもらうぞって」
「んうぇ?」
「では、私は仕事ですので失礼します」
「あ、はい‥‥‥」
先生は母親のセリフについて考えようとしたが、面倒な事になりそうだったので考えるのをやめた。
* * *
「おにーさん私のママどうだった?」
「え?」
いきなりの質問にも戸惑ったが、もっと戸惑ったのはその内容だった。
「どうっていうのは?」
「キレイだったでしょ?」
しっかり見たわけじゃないのでなんとも言えないが。
年齢はおそらく二十代後半くらい、そう考えると結構若い時に頑張ったことになるな。
見た目も悪くない、というか普通にキレイではあると思う。
「ま、まあキレイかもな」
「でしょ!」
この状況で冗談でも「いやキレイじゃないな」なんて言えるだろうか。
「じゃあ私のママと、あっちのおねーさんどっちがキレイ?」
ここにきて、究極の選択を俺に寄こすとは。
詩を選べばこの子は悲しむだろうし、母親を選べば詩が落ち込んでしまう。
「しょーじきにいっていいんだよ?」
やめてくれ! その優しさが余計悩む種なんだ!
しかーし、ここは男として選ばなくてはいけないのだ。
「どっち?」
「君のお母さんかな‥‥‥」
「ホント⁉」
ごめん詩。
お前がキレイじゃないわけじゃないんだ。
あくまでもこの子の喜ばせるためなんだ、許してくれ。
本当は詩のほうが‥‥‥
「帰ったらママに伝えておくね」
「⁉」
恐ろしい。子供の純粋な心!
自分の喜びをすぐに親に伝えたいというその気持ちが、恨みたくても恨みきれない。
「ママには内緒にしてもらえるかな? さくらちゃん」
「どうして?」
「いきなり言ったらママ、びっくりして倒れちゃうかもしれないよ?」
「ふぇぇ、それはダメ。だったら内緒にする」
「ありがとね~」
子供の純粋な心万歳!
そのまま大きくなっていってくれ!
そして、外で遊ぶ時間にはやはり、周の肩車は人気絶頂だった。
「ふふふ、周ちゃん。今日はお仕置きしなくちゃね‥‥‥」
違う世界の幼馴染はデレデレだった 伊笠ヒビキ @hibiki_ikasa
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