第17話
周のインターンシップが保育園に決まった頃、こちらの世界の詩は学校から渡されたプリントをまじまじと見つめていた。
それはインターンシップの事について詳しく書かれていた。
「再来週インターンシップかぁ。また面倒な行事がきたわね」
「へぇ~今はこういうのあるんだね。母さんの時はそんなのなかったわ」
「私は今も無くていいと思ってる」
「いいじゃない。世の中の社畜を間近で見れるんだから」
「いや言い方」
「いろんなところから依頼が来てるんでしょ? どこ行くのよ」
「まだじっくり見てないからこれから決める」
「楽しそうなのがいいわね。例えばビールの売り子とか」
「体験通り越して、もはやバイトだよそれ。そしてそんなのあるわけないじゃん」
「プロ野球の審判とか」
「あれはプロの資格がないとできないからね? 高校野球とかと違ってちゃんと給料もらってるからね? 私やらないからね卍のやつ」
「じゃあバットボーイとかボールボーイでもいいわね。いや女の子だとガールか」
「なんでさっきからプロ野球の話ばっかなのよ!」
「なんだかんだいってあんたも詳しいじゃない」
「父さんの入れ知恵よ」
まったくこういう会話一つでもう疲れる。
まともな話をしないので本当はしゃべりたくもないのだ。
「母さんホントは保育士になりたかったのよ。保育園なんかがあれば詩にも体験してみてほしいけどね~」
「保育園ね。悪くないかも」
たしか学校に来てた依頼の中に保育園があったようななかったような。
私自身子供は好きだし、全然知らない赤ちゃんにも笑ったりするタイプの人間だからきっと大丈夫だと思うけど‥‥‥。
「周ちゃんも誘っていきなよ~」
「なんであいつが出てくるのよ! 大体子供そんなに好きじゃないでしょ」
「大丈夫よ。周ちゃん優しい子だから子供なんてすぐに慣れるわよ」
「だとしても一緒に行くのはまた別の話」
「素直じゃないねぇ」
本当は一緒に行きたいけれど、各場所に定員が決まっておりそれ以上となると抽選で決めるので一緒に行くのは難しい。
保育園だからそこまで人が集まる可能性は低いと思うが、私自身強い希望があって保育園を選ぶわけじゃないので無理やり彼を引きずっていくのは間違っている。
「明日さりげなく聞いてみようかな」
という思いもなくはなかった。
*
「インターンシップ? そういえば連絡来てたな」
「そう。それでさ行く場所決めた?」
「いや、まだ。詩は決めたの?」
「一応ね。確定ではないけど」
「ホントに⁉ どこ?」
「教えない」
「人に聞いといて自分は教えてくれないのかよ」
その言葉を聞いてさすがに悪かったかもと反省し少し間を開けた後答えた。
「保育園」
「ん?」
「保育園に行こうかと思って」
「保育園‥‥‥?」
彼は不思議そうに小声で何度も「保育園」を連呼し続けた。
そしてもう一度私の顔を見ながら、
「保育園?」
「何か文句ある?」
「いやないけど、詩が保育園ねぇ」
「別にいいでしょ? 変なところに行って役にも立たない事体験したって意味ないの。 それだったら保育園に行って園児たちと触れ合ったほうがマシよ」
「意外と考えてるんだな」
「まあね」
結局のところ彼は行き先を決めておらず曖昧な状態。
見た感じ、誘ったとしても乗り気じゃなさそう。
「もうちょっと細かく見てみようかな。いいとこあったらそこに決めるよ」
「そう、わかったわ」
これで多分一緒に行くことはなさそう。
と思われたがその数日後――
「いや~俺の希望した場所定員オーバーだった」
「そうなのね。最終的にどこに決まったの?」
「それがよ‥‥‥」
「うん」
彼は少し黙りなかなか言いづらそうにする。
何かあったのかと私も一緒に黙り込んだ。
「保育園になった」
「へ?」
たまっていた空気が勢いよく抜けるように言葉を発し、硬直した。
彼曰く、希望した場所はかなりの人数が集まり抽選をやむを得なかった状態で、その抽選に彼は見事に外れてしまったとのこと。
他の人は第二希望ぐらいまで取っていたらしいが、彼だけ第一希望のみでどうするか迷っていたところ先生に保育園と勝手に決められたそう。
「詩もいるしいいかなって。聞いたら今のとこ俺と詩だけらしいぞ」
「嘘でしょ?」
「まぁこれから増えるかもしれないし、どうなるかわからないけど」
まさか本当にこうなるとは思いもしなかった。
嬉しいのは嬉しいがその反面、心配もあった。どうみても狙ったとしか思われないこの組み合わせ。
他に誰かいるならまだよかったかもしれないが、二人だけというのは私的には危ない。
しかし、まだ期間はある。誰でもいいから一人は来てと願うばかりだった。
「保育園ってどんな職場なんだろうな。ただ園児と遊んでいるわけでもなさそうだし」
「あたりまえでしょ。そんな楽しいだけの仕事なんてないの。楽しさがあるならその分苦しさも付いてくるのよ」
「お、おう‥‥‥」
周は詩の発言に少し驚き、目線をそらさずずっと見つめる。
その様子をみて詩はちょっと決めすぎたと恥ずかしさが出てしまう。
「ま、とにかく再来週のインターンは頑張るわよ」
恥ずかしいのを紛らわすように言った。
その日の夕方、詩は家で母親に今日の出来事を報告した。
「結局周ちゃんと一緒なんじゃな~い」
「これは不可抗力というか、あっちが勝手に保育園にしたのよ」
「そんなこと言ってホントは気になって気になって仕方なかったんじゃないの」
「そんなわけないでしょ」
本当は母・美恵の言う通り気になって気になって仕方がなかった。
「ふふ、保育園での出来事聞かせてね」
その日の夜はちょっと緊張して眠れなかった。
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