第15話

 周があっちの世界に行った同時刻――


 教室を出て戻ってきた周に穂乃花が声をかける。


「おかえり天沢君」

「うん」


(なんだろうさっきと雰囲気が違う気がするけど、気のせいかな?)


「いただきま~す」


 それぞれ昼食を食べ始め、くだらない会話を交えながらお昼休みを過ごした。

 ただ穂乃花はこの時周に対して少し違和感を感じたままだった。

 放課後また話をしようと試みる。


       *


「天沢君」

「お、月城さん。どうしたの?」

「ちょっと話があるんだけど」


 帰る支度をしている彼を呼び止め、あの話について聞いてみる。


「向こうの世界の話なんだけど」

「ん? 向こうの世界の話?」


 周は何のことだかわからず話を理解していない様子。

 それでいてとぼけているようにも見えない。


「昨日話してた話だよ」

「昨日? 月城さんと話したっけ?」


 お互い困惑し、どう切り出していいかわからなくなった。


「やっぱりなんでもない」

「そっか。じゃまたね」


 穂乃花は確信――とまでは言わないが半分以上自分が思っていることで間違いないだろうとふんだ。

 

「おそらくこっちの天沢君は向こうに行ったね」


 「意識と記憶だけが往復する」と以前彼に言った事を思い出し、改めて目の当たりにするとちょっと受け入れがたいものだった。


(問題なのはどっちの天沢君なのか判別がつかない事かな。あんまり下手にボロをだすと怪しまれるし、一番警戒すべきなのは春花さんだ。彼女にパラレルワールドの存在を知られてしまったらかなり厄介だね)


 周が明日戻ってくる可能性は極めて低いと穂乃花の経験からそう結論付けた。


(そうなるとあんまり彼と接触はしないほうがいいかな。惜しいけどしょうがない)


 しばらくその場で考え呆けて教室を後にした。


    *


「今日は珍しく周ちゃんと一緒に帰ろうかな」


 放課後になって早々に思いつく。

 弁当だって作ったんだし一緒に帰るぐらいなんてことないと自信をつけ、周の教室に向かった。

 だがその光景は、


「周ちゃんが女の子としゃべってる‥‥‥でもそんなに仲よさそうじゃないね」


 お互い真面目な顔で会話をしているためか、そんな風に見えた。

 その会話もすぐに終わり周がこちらへ向かってくるので待ち伏せじゃなく偶然を装った。


「おう、詩。どうした俺の教室に来て」

「ちょ、ちょうどいいわ。話したい事あるから、一緒に帰ってあげる」

「なんで上からなんだ?」


 もちろん話したいというのは口実。

 本当はキャッキャウフフしながら帰りたいだけなのである。

 その帰り道――


「お弁当おいしかった?」

「うん。普通にうまかったよ」

「そう。ならよかった」

「トビにおかず一個取られたけど」

「それは目つぶしの刑に処すわ」

「怖‥‥‥」


 誰もいない帰り道。たまに通る車の音と二人の会話が響く。


「また作って欲しい?」

「作ってくれるなら」

「しょうがないわね」


 ニヤケているのを彼にバレないように顔を少しそむける。

 実際は毎日作っていたが恥ずかしくて渡せなかっただけ。


「それはそうと」

「ん?」

「さっきしゃべっていた女子って誰?」

「同じクラスの月城さんっていう人」

「仲いいの?」

「いいや? そんなにしゃべった事ないし、なんで声をかけたのかもわからない」

「ふーん」


 なんで彼女が周に声をかけたのか気になるが、現状そこまで仲良くもないと言う事で安心した。

 ほかのやつに取られる前に早いうちに決断しなければいけないかもしれない。


「俺が女の子と話すの珍しいって?」

「そうね。ちゃんとクラスの人と馴染んでるんだなって」

「そこまでじゃないと思うけどな。未だにしゃべったことない人だっているんだし」

「あんたはボッチがお似合いよ」

「いや急に辛辣」


 周が自分のことどう思っているかがわからないうちは先に進めない。

 断られて気まずい関係になるくらいなら言わないほうがマシだし、反対に言うのが遅くなってほかの子といい関係になるのも許せない。

 ただの幼馴染として見ているのか、それとも女として見てくれているのか。

 今はまだわからないことが多すぎる。十何年も近くでみてたのに。


「人って難しいわね」

「どうした急に」

「なんでもないよ」


 好きなのに表に出せない。自分の情けなさと彼との関係を壊したくないという二つの思いがぐちゃぐちゃに混ざっている。

 「好き」とたった二文字を言える日はまだまだ遠いものだった。

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