第12話

「おじゃましまーす」


 ちょっと緊張しながら詩の家に入る。

 家が隣にあるのに久しぶりっていうのもおかしい話だ。


「あら、周ちゃんいらっしゃい。久しぶりねぇ」

「お久しぶりです」

「そんな堅苦しい挨拶やめてよ~ほら上がって上がって」


 玄関を開けて早々美恵さんに迎え入れられる。

 もうすでに夕食の準備が進められており、詩もキッチンにいた。


「悟さんはまだ仕事ですか?」

「そうなのよ。今日に限って残業だとか言い出してね」

「大変ですね」

「あ、その辺で適当に座ってて」

「いや、手伝いますよ」


 ただでさえ夕食をご馳走になるのに手伝いもしないのはさすがにないと思う。

 働かざる者食うべからずって今の俺に当てはまる言葉だ。


「最近、紗枝ちゃんと話してる?」

「全くです。いつ会話したかも覚えてないです」

「昔っから忙しい人だったからねぇ」


 話をしながらテーブルを布巾で拭いたり、人数分の箸を準備したりできることをやった。あとは料理運ぶぐらいかな。

 さすがにキッチンで手伝えることはない、というか手伝えないので申し訳なく思いながら椅子に座った。

 時々キッチンの方を見てみたが詩と美恵さんは手際がすごくいい。

 二人には会話はなく、もうお互いの動きを目で理解しあいながら動いているようだ。

 二人の動きをまじまじと見ていて料理が出来上がったのに気づかず、美恵さんが運んできた姿を見て慌てて気づいた。

 

「いいのいいの。座っててよ」


 と美恵さんにストップをかけられた。

 ある程度品が出そろったところで玄関が開く音がした。


「ただいま~」

「おかえりなさい。周ちゃん来てるわよ」

「なに! もう来てるのか」


 悟さんがダッシュでリビングへ向かう。


「おお、周久しぶりだな。元気してたか?」

「お久しぶりです」

「なんか大人になったな。割と小学生ぐらいのイメージしかないからなんとなくな」


 まるでしばらく親戚に会ってなかったかのような会話である。

 他人と言われれば他人だが、春花家とは親戚同様の関係なのだ。

 悟さんが着替えて戻ってきたところで全員そろった。


「「「いただきます」」」


 食卓には結構の数のおかずが並んでいる。

 あれだけ買えばこれぐらい出てきてもおかしくないか。


「おかわりあるから遠慮しないでどんどん食べてね」

「あ、うん」


 とはいえ人の家での食事なのでがっつくこともできない。

 「遠慮しなくていい」このセリフは自分の中で一番遠慮してしまう原因の一つだった。


「周うまいか?」

「おいしいです」

「そうだろ? うまいだろ」

「なんでお父さんが作ったかのような言い方するの?」

「そうよ。あなた家帰ってきて着替えて座っただけじゃない」

「‥‥‥」


 悟さん弱い。二人には絶対勝てないんだろうな。

 そして美恵さん辛辣すぎる。


「周、気を付けろよ。女しかいない家族は必ず男が負けるんだ」

「覚えておきます」


 ちょっとテンションが下がり気味の悟さん。

 さきほどまでハイペースで缶ビールを飲んでいたのに徐々にそのペースが落ちていく。

 ふと美恵さんがカレンダーを見てなにか言いたげな様子。


「来週連休だけどあの子帰って来るのかしら」

「あ、お姉ちゃん? なんか帰るかもってライン入ってたけど」

「あのおてんば娘め。ちゃんと親にも連絡しろっての」


 詩の姉、あかねさん。俺も何回かしか会った事ないのでそこまで認識がない。

 歳も六つ上で今は仕事で県外に行ってるそうだ。なので決まった連休ぐらいにしか帰省しないみたい。


「周のところの親父は全然帰ってこない感じか?」

「そうですね。いつ帰ってくるのか連絡すら来ませんからね」


 さすがに正月は帰ってくるけど、逆を言えば正月以外ほぼ帰ってこない。


「紗枝ちゃんも夜遅いみたいだしな」

「周ちゃん寂しいよね」


 本音を言えば寂しいが、今はもう慣れた。

 だが、家族でご飯を食べたり、どこかに出かけたりするのはどこの家族を見ても羨ましい。

 今ままでは普通だと思っていたのが春花家を見ているとこっちが本当の家族というのだろう。


「あ、そうだ」


 悟さんが何かを思い出し、声を上げた。


「詩、お前周の家に住めばいいじゃん」


 しれっととんでもない事を言う悟さん。 

 その場にいる俺だけがその言葉で硬直してしまった。

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