第9話
「前の関係にすこし戻れたと思って少し調子に乗りすぎたな。さすがに「手つなごう」はないよな」
教室に入ってすぐ猛省した。詩は怒って当然だ。
なんて頭を抱えてたら後ろから肩をトントンと叩かれた。
「お、トビおはよ」
「おは。なんだよ周、今日お前詩ちゃんと登校してたよなぁ」
「ああ。偶々時間が被ったから」
「ホントか? 前まで全然だったろ。さてはできたのか?」
その「できた」はちょっとまずい表現だと思う。誤解を招くのであんまり使わないでほしい。
「ホントに偶々なんだって」
「だってお前たちが一緒なんて久しぶりにみたんだよ。急に仲良くなるってこたぁそれしかないだろ」
俺の言い分を全く聞いてくれない。でも今回ばかりは俺が誘ったので強くも言えない。
ただいつまでも気まずい関係のままズルズル引きずるのも嫌だし、昔みたいな関係に戻りたいだけだ。
今まで何年幼馴染をやってきたと思ってる。
俺たちの関係はそこら辺の友達みたいなものじゃない。もっと深い関係だ。多分。
まぁ俺と詩が幼馴染だっていう情報は結構行き届いてるのでただの幼馴染と認識する人もいれば、付き合っていると認識している人もいるらしい。ソースはトビ。
ひそかに詩を狙っている男子も多いとか。
トビに少しイジられたが、その他の学校生活に異常はなく放課後を迎えた。
普段通り。これが一番いい。
また向こうに行くという可能性も無きにしもあらず。いつ起こるかがわからないのが怖い。そして必ずしもあの場所とも言い切れない。全然違う世界なんてこともありそうだ。
なんて考えながら帰る準備をしていたら担任の先生に声をかけられた。
「お、天沢ちょっといいか?」
「なんですか?」
「社会科の佐藤先生がクラスで集めたノート持ってきてくれだとよ」
「え、それ担当いましたよね?」
「月城か」
月城――
別に嫌われているわけではなくて、ただ近寄り難い人なのだ。
かくいう俺もほとんど話したことがない。
「月城、社会のノート持ってきてくれって佐藤先生が言ってたぞ」
「すいません、今持っていきます」
「結構多いな、大丈夫か?」
40枚以上あるノートを華奢な体で抱え込むように持ち上げた。
ここから佐藤先生がいる職員室まですこし歩くのでその状態ではなかなか苦しそうだ。
「あ、ちょうどいいじゃん。天沢お前手伝ってやれよ」
「え、マジすか」
「同じクラスメイトだろ。助けてやれよ」
「‥‥‥はい」
このまま見なかったことにするのはさすがにと思い手伝うことにした。
「ごめんね、ありがと」
「いいえ。半分持つよ、はい」
と半分もち二人で職員室へ向かう。
当然話すこともないので無言で歩いていたのだが、
「天沢君とは初めて話すね」
「そうだね」
「向こうの天沢君と全然変わらないね。この優しい感じ」
「!」
いま向こうって言ったか? そんなまさか。早まるのはまだ早い。
勘違いほど痛いものはない。
「向こうって言って反応するってことは知ってるんだね」
「い、いやわからないな」
絶対そうじゃん。向こうってそうだよね。あの事だよね。
「そんな下手な嘘つかなくてもいいよ。大丈夫誰にも言ったりしないから」
と話している間に職員室へ到着。二人で佐藤先生のところへノートを提出した。
職員室を出た後話は続き、
「こっちの天沢君とは初めて話すけど、向こうの天沢君とは結構お話してるんだよ」
「君もパラレルワールドに?」
「そう。結構前にね」
教室の隅でおとなしくしている彼女がまさか俺と同じ体験をしているなんて。
「あ、でもちょっと違うかな。私は元々向こうの住人だよ」
「え?」
「私からすればこっちがパラレルワールドかな」
すらすらととんでもない事を言う彼女。幸い誰も聞いてないが、わかってて言ったのだろうか。
「じゃあ君はここにきてどれくらい経つんだ?」
「結構向こうと短いスパンで行き来してるから、今日で二日目かな。最長で一週間」
俺が向こうにいたときは彼女はこっちにいたのか。
「それは自分でコントロールできるのか」
「それは教えられないな。あんまり知られちゃうと戻れなくなっちゃうんだ。それほど違う世界の住人はタブーな存在なのさ」
「戻れなくなる‥‥‥」
「一つ言うとこの別世界の行き来は誰でもできるって事は教えとくよ。コントロールの出来る出来ないを教えられないのはもうわかったよね?」
「悪用防止か」
「ピンポーン」
「なぜ教えちゃいけないのに、自分は別世界の住人だと自白したんだ?」
「君が体験者だからだよ。体験者には自白しても問題ないんだ。理由は私も知らないけど」
「非体験者には禁句ってことか」
「禁句とは言わないけど、いい方向に行くか悪い方向に行くか考えたらわかるよね」
話が大きくなって正直驚きだ。ぶっちゃけ旅行に言ってきた気分となんら変わらない感じだったが、そんなにヤバイ事だったとは。
「まぁ嘘なんだけど」
「嘘かよ!」
「でも別世界の住人は本当だよ。あとは嘘、適当です」
「真面目な顔していうから本気にしていたのに‥‥‥」
「嘘つくときにへらへらしたらバレちゃうでしょ」
でも嘘でよかった。あれがマジだったら正直耐えられなかったかもしれない。
「まだ聞きたいことがあるんだが」
「いいよ。教えられる範囲なら教えるよ。あと遅くなっちゃうから早めにね」
「君がこっちに来ているなら、向こうの君と入れ替わっていることか?」
「違うね」
「じゃあどういうことだ」
「君は別世界にもう一人の自分がいると思っているんだね?」
「違うのか?」
「うん。存在しないってわけじゃないけど、言ってしまえば分身だね」
「分身?」
「顔も背丈も性格も全部同じ君が二人いるってことだよ」
「なるほど」
「私たちが行き来してるのは体じゃなくて記憶と意識が行き来してるだけなんだ」
「そうか‥‥‥」
いや、でも待てよ? 自分の分身なら、向こうの詩の性格はどうなるんだ?
トビとかほかの生徒や学校の造り、先生も変化がないのだからあれも分身といってもいいだろう。
「まだ納得いかない様子だけど」
「ああ。まだ解せないことがな」
「春花さんの事かな?」
「なんでわかったんだよ」
「向こうでは随分と仲がいいよね。夫婦って感じ。それで? 性格が全く違うっていいたいのかな?」
「君はエスパーか何かか?」
「特別に教えてあげよう、性格が違うってことはまずありえない。なので――」
「いやでもこっちの詩は冷たいのに、向こうの詩は優しいんだ」
「だからどっちかの春花さんが本当の性格なんだよ。そこまでは私にはわからないけど」
「どっちかの詩が本当の詩‥‥‥」
「毎朝家を出る時間被るのなんでか考えればわかるんじゃないのかい?」
「ええ? そんなの偶然としか言えないんだが。ってなんでそんなことまで知ってるんだよ」
「さあね。おおっと、もうこんな時間か。じゃ私は帰るね、さよなら天沢君」
「おおい、ちょっとまてよ」
彼女は荷物をもち一目散に帰っていった。
だが、結構情報を手に入れることができてよかった。あんまり人に言っていい事じゃなさそうだけど。
「俺も帰るか」
*
校舎をでたあと、自分のクラスがある方向をくるりと切り返し見つめる。
「向こうの天沢君は春花さんがいるから正直奪えないけど、こっちの天沢君と春花さんは仲があんまり仲よくないから天沢君を私の物にできそう。いっぱいしゃべれたし幸せ」
と口角を上げ呟く。
普段おとなしいのを演じている彼女だが、本当は好きな男子と結ばれたい一人の女の子だった。
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