第20話 初雪祭とネコの降下兵

 初冬の使州、山のふもとにある旧神の寺へ、若い武官と、さらに若く見える監視者は、初雪祭に招かれておもむいた。前日の夜遅くまで降り続いた雪は明け方ごろにやんだ。武官と監視者は宿の朝食をすませると、黒と真紅の防寒衣をまとって、寄り道をしながらがしがしと歩いた。武官のそれは質素な装飾で、監視者のそれは装飾が多かった。

 宿を出たときの日の光は汗ばむほどの暑さと強さで、夜中に踵から膝の上ほどの深さに重ねた新雪はきらきらとまぶしかった。道路の雪は路肩に寄せられ、子供たちは空き地で雪投げ遊びをして遊んでいた。

 寺に集まった人の数は、ふたりが思っていたよりかなり多く、特別にあつらえた境内の舞台は、人の背の二十倍ほどの高さで、ふたりが得ていた知識よりも実物はかなり高かった。

 しばらく時間待ちをしている間に雪は再び降りはじめ、ふたりの防寒衣は解けた雪の染みで濃い黒と濃い真紅に色を変えた。

 境内の一角の、まだ誰も足を踏み入れていないところで監視者は手を広げてあおむけに寝そべり、両手を頭から腰のあたりまで何度か動かし、立ち上がってそのあとを武官に見せ、これが天使の影だ、と語った。

 確かに動かした両手のあとは、天使の羽根のように見えた。

 武官はしばらく考え、監視者の胸元と襟をつかんで、雪の上にうつぶせに押しつけた。

 監視者はもがいて両手を動かしたが、武官は容赦なくその手の動きが止まるまで頭と腰を固定した。

 あやうく浄化するところだったではないか、と、抗議する監視者に、魂を持たないおまえが浄化するわけがなかろう、と、武官は言った。

 この世界が偽物なら、正しい鏡像としての天使はこうあるべきだ、と、武官は重ねて語り、確かに新しく作られた天使の影は、監視者の鏡像だった。

 武官は自らも自分の顔を雪の中に埋め、見ようと思ったらこのやり方で真の世界が見えるのではないか、と語った。監視者と武官は、面白がって自分の顔をいくつも雪の中に作った。

     *

 この寺はかつて旧神とそれをあがめる者の砦だった、と、武官は遅れてやってきた見習いの賢者に語った。賢者は黄色地に稲光のような黒の模様が入った、耳つき頭巾の防寒衣を来ていた。

 新雪の頃、新しい神をあがめる者たちに、オオカミによって守られていた砦は囲まれた。しかし旧神は深夜、空から滑空機で、勇敢なネコの降下兵を送った。数十のネコたちは落下傘もつけず、あそこの舞台の十倍ほどもある高さから、無作法な判官のようにあわただしく落ちた。

 ネコの降下兵とオオカミの残兵は、その砦を3日間守ったあげく全員が浄化した。その時間稼ぎは、結果として旧神の決定的な敗北を数年遅らせることになったのだ、と、監視者は補足した。

     *

 刻限になったので、武官と監視者、および賢者は舞台のある境内に向かった。舞台の上には10人の、さまざまな色をした、職業をあらわす衣装を身につけた勇敢な者たちがいた。その一番右端には領主の衣装を模した、薄い水色の防寒衣を着たミネコがいた。

 妖猫の血を継ぐ、領主の代理人見習いのミネコは黒と真紅、そして黄色の防寒衣を着た3人に気がつくと大きく手をふった。

 あの子はもはや、我々の物語の常連なのだろうか、と、監視者はつぶやいた。

 ミネコは防寒衣の下に赤茶・黒・白に染めわけられた、ミケネコ色の水着を着ており、一番最後に飛び降りて、2回転と横ひねりを加え、新雪の上に一番見事な大の字を作った。

 えへへ、と笑いながら3人を見たミネコの鼻と頬には、新雪がわずかに残っていた。

     *

 監視者は、とむとじぇりぃ、という、旧神時代のネコとネズミに関する漫画映画の話をして、武官にその動画を携帯端末で見せた。なるほどこのようなネコなら降下兵もつとまるだろう、と、武官は感心した。

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