第21話 寝坊するネコと早起きのカメの芸夢(げいむ)

 仁州の領主第三代理人候補である者はネコの血を継いでおり、中等集団学習の後期としては自州には適切な施設がないため、科州の、浜の近くにある領地の学習施設に、その地における領主の別邸から通っていた。

 ネコの血を継ぐ者としては常のこととして、その春の盛りのある日も、若い領主代理人候補者は寝坊して遅刻しそうになったため、麺麭をかじりながら近道として浜を走った。

 潮風が心地よく、春の日差しは暖かく、海と浜はきらきらと光っていた。そして浜では子供たちが大きなカメをいじめて遊んでいた。

 そんなものを相手にしていたのでは遅刻が確実なので、若い領主代理人候補者はざっくり無視して学習施設に向かい、授業開始の事前会議に間に合ってうたた寝をすると、夢の中でまた遅刻しそうな時間に自分の寝床で目覚めた。

 何度か繰り返したあげく、若い領主代理人候補者はこういう結論に達した。

 あのカメを助けないと、この芸夢(げいむ)は先に進めない、と。

     *

 はじめは、おれのカメに何をしている、と、若い領主代理人候補者は強気に迫り、子供たちにぼこぼこに殴られ、砂浜に気絶して、遅刻しそうな時間に自分の寝床で目覚めた。

 何度か繰り返したあげく、若い領主代理人候補者はこういう結論に達した。

 遅刻しそうな時間に目覚めて、数分の間格闘技の修行をしても、子供たちに勝てるような力は身につかない。

 これが数年前に目覚めるような夢だったら、充分に鍛えられるのだが、と。

     *

 充分な菓子と通貨を子供たちに与え、カメを元の海に戻すことに成功した若い領主代理人候補者は、ぎりぎりのところで授業開始の事前会議に間に合い、そこで新しい転校生の紹介があった。

 新しい転校生は、その日若い領主代理人候補者が助けたカメだった。

 ヒトの形をとったカメは、東海龍王の第三後継者と名乗り、背が高く、美形で、女子で、若い領主代理人候補者に、さっきはどうもありがとう、コネコちゃん、と言って、真珠母の小箱を渡した。

 さらにそのカメは、ほっぺたに麺麭くずがついてるよ、と言って、それをひょいとつまんで口にしたので、若い領主代理人候補者は真っ赤になった。

 隣の席の、月の王の第三後継者でありウサギの血を継ぐ者は、何なになにー? あんたたちいつ知り合ったの? と聞いた。

 ウサギには教えたくないなあ、と、ネコは思った。

 月の王の第三後継者は、あたしたちで音楽集団作れないかな、と、そのカメを誘った。

 作詞作曲、踊りなどなんでもこいだ、と、カメは言った。

 賢者が語り継いでいる伝説の音楽集団、亜鍬(あくわ)はこのようにしてはじまった。

     *

 何度失敗してもあきらめない、それが、あたしたちの音楽集団。

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