第18話 鏡の月
普州の州王より、領主を持たぬ若い武官と、星の体を持つ監視者は妖異でありながら忠義でもあるネコの子をひとり預かった。同時に生まれた5人(5匹)の中ではその子だけは育ちが遅いので心配していたのだ、と、州王は語った。しかし、もう信頼できる誰かに預けてもいいだろう、と。
妖異のネコと、普通のヒトの血を継ぐその子は州王によってミネコと名づけられていた。
ひと冬が終わるまでの間にミネコは、監視者と旅の宿での夕食後の干菓子を取り合うほどに育ったので、武官と監視者は相談のうえ、代理人候補をあまり持たない仁州のとある領主にミネコを預けることにした。ミネコと監視者はお互い、偽の涙を流しながら別れを惜しんだ。それからひと夏をはさむほどの日々が流れた。
*
日が暮れてからは、いささか涼を感じさせる季節になった仁州だった。
その晩は月食になるという特別な満月なので、夕食後の子供たちは、影踏みをして遊んでいた。旅の宿の二階で、武官と監視者は子供たちと月、そして遠くの海を眺めていた。窓際の卓には膳と盆が置かれ、その上には1・4・11の金字塔型に積み重ねられた、みたらしと餡の二つの味つけがされた団子があった。
あの月が偽物だとは知らずに、無邪気なものだな、と、監視者は言った。
本物の月というのがあるのか、と、武官は尋ねた。
裏庭の池に行こう、と、監視者は誘った。
*
裏庭の、さらに裏からは、次第に欠けていく月と、宿の裏庭と、十分な大きさの池があり、池の中には裏返しの、欠けていく月が写っていた。
監視者はふところから、うす青色に光る半紙を取り出し、池にそろそろと流した。半紙は池の中央で止まり、十分に月を写し終えたのを確かめた監視者はゆるゆるとその半紙を引き上げた。
月光写真だ、と、監視者は説明した。
この紙に写った月は、池の月と同じ形をしている。つまり、月のおもてに見られる明るいところとやや暗いところが、空の月と逆の形になっているだろう。それが真の月だ。この世界は、真の世界を実にうまく真似て作られているのだが、ところどころそういう作画上の手違いがあるのだ、と、監視者は語った。
くだらん、と、武官は苦笑いをした。
鏡の月が真の月であるという、お前の考えた世界のほうが偽物ではないのか、と。
*
宿の部屋に戻ったふたりは、団子の山のひとつの頂点が欠けていることと、欠けていく月を眺めている客人がいることに気がついた。客人は美しい姫だった。
あーっ、また私の甘味を横取りしやがって、それもみたらしのほうを、と、監視者は姫であるミネコに怒った。
るっく・あんど・ですだよ、さどんですだよ、と、監視者は、今は使われていない古語を口にした。
ですでーす。
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