第17話 片目眼帯の州王
普州の村を荒らしていた古狸の長老を征伐した功績により、領主を持たぬ若い武官と、星の体を持つ女子型未成熟体さながらの監視者は州王にまみえることとなった。
かつての皇帝の座を模した模造の宮殿の拝謁の間で、一年を通して過ごしやすそうな日は数日であろう春の盛りに、ふたりは長い階段の上に設けられた玉座に面して拝謁した。サクラの花がその広間の片隅に、花溜まりをこしらえていた。
武官は、妖異のものしか切れぬ特別あしらえの剣を前に置き、頭を下げながら監視者に、このようなことで本当にうまくいくだろうか、と話した。監視者は、王にはおまえは見えても私は見えないはずだから大丈夫だろう、と答えた。
普州の州王は左右の目の色が違う、毛のふさふさした波斯産のネコを膝の上に置いて右手で撫でていた。その手の甲には魔界の紋章のようにも見える図形が描かれており、その右目は金色で、左目は黒い眼帯で塞がれていた。
ちゅうにびょう、と、監視者はかたわらの武官にはわからぬ語をつぶやいた。
州王はネコを玉座のそばの亜人に渡すと立ち上がり、大儀であった、と自ら声をかけ、階段を3歩降りた。褒賞のほかにも、何か金では得られない、特別な望みのものがあれば聞こう、とも重ねて言った。
できましたら、ご尊顔の眼帯の下にある目が見たいのです、と、武官は言った。
州王はさらに階段を3歩降りると、ふたりにその目を見せた。眼帯の下の瞳は紺色で怪しい輝きを持っていた。これは紺珠(かんじゅ)という、古来より旧神が秘宝として扱っていた宝玉のひとつなのだ、と州王は説明した。
明らかな妖異を感じた武官は、剣を手に取り立ち上がろうとしたが、それよりすこし早く監視者が動き、お命頂戴、と、不器用にその剣で州王を突こうとした。
紺色の目でようやく監視者を見ることができた州王はしりぞき損なって階段で後ろ向きに転び、監視者は前向きに転んだ。州王の左目にあった紺珠(かんじゅ)は外れ、階段をはずみをつけて落ちると武官の足元で止まった。監視者を助けようと一歩前に出た武官の足はそれを踏んで粉々にした。あ、と、監視者は言い、え、と、州王は言った。
どうすんだよこれ、この世界にはひとつしかないものなんじゃないの、いや、大きさが違うものはいくらでもあるんだけどさ、このくらいのが一番使い勝手がいいんだよ、と、監視者と武官は呆れている州王の前で罵り合いをはじめた。
武官が呼び集めて時を待っていた黒衣の集団は、謁見の間の瑠璃の窓を破って乱入し、サクラの花びらを模して作られた監視者による爆弾があちこちで爆発した。州王の飼い猫とそれを抱えていた亜人は、騒動の間にどこかへ消えてしまった。
乱闘のすえに監視者は自分の左目とひきかえに州王を仕留めた。州王は監視者ほどの大きさの、9つの尾を持つネコに姿を変え、その口には銀色の瞳を持つ球がくわえられていた。
しばらくは不自由だが、わたしの部品はじきに修復されるから、と、監視者は説明した。
*
それから半年ほど後、別の用事で武官と監視者はまた普州を通ることになった。
州王の仕事場は、王宮というよりは地方の自治体の庁舎ほどの大きさと設備に作り変えられていた。灰色と茶色が複雑に混ざった外見の、まだあちこちで修繕が進んでいる建物の一室を、武官と監視者はついでに訪れた。執務室と名づけられた部屋の窓の外にはヒガンザクラの花が咲いているのが見えた。
州王は長椅子に横になって、左右の目の色が違うネコを腹の上に乗せて、携帯遊技機で遊んでいた。州王は右目に黒い眼帯をしていて、左目は銀色だった。
どうも自分は長い間ネコだったような気がするんだよね、半年ほど前まではね、と、携帯遊技機を置いて州王はふたりに語った。
州王が撫でていたネコは8つの尾を持っていた。
そのネコは忠義のネコです、可愛がってあげてください、と、監視者は言った。
ネコの忠義とか、やる気なんてのは、果たしてヒトにわかるものなのだろうか、と、武官は疑問に思った。
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