第16話 目覚まし時計工場

 芸州はさまざまな工業製品を作り出す工場があちこちにある州だった。

 春はまだ先の、ようやく日が長くなりつつあると感じられるような季節に、監視者と若い武官は芸州のとある領主に頼まれて、目覚まし時計を生産する工場のひとつが働かなくなっているのをなんとかすることにした。

 妖異のものによるならおれの腕によってなんとかなるかな、と、武官は女子型未成熟体さながらの監視者に向かって苦笑した。

 生産が止まった目覚まし時計は、ヒトの未成熟体、未成年学習期初期の男子に対してオヤが買い与えるようなもので、昆虫を模した仮面と衣装をつけた仮英雄の、像の胸のところに長短ふたつの針で時間を示す古典的な時計が埋め込まれていた。

 工場は完全に機械によって生産と管理維持がおこなわれ、中でどのように目覚まし時計が作られているのかは、ヒトおよび亜人の知る由はなかった。ヒトおよび亜人用の照明もなく、足元もたしかではない工場の穴を、角灯をともしながら武官は、監視者の指示のままに奥深くへ向かった。監視者の体は、暗闇の中でぼんやりと薄紅色に光った。

 外はこごえるほど寒かったにもかかわらず、工場の中はさまざまな熱源で熱く、湿り気を持たない空気で満たされていた。読み手への奉仕の心がゆたかな語り手なら、ふたりは分厚い防寒衣を脱いで半裸の、真夏の海岸で遊ぶ程度の薄着になった、と語るだろう。

 監視者が目的地だ、と言った方向にはヒトとほぼ同じぐらいの大きさの、複雑な細部を持つ機械が横たわり、もう長い間動きを止めていたと思われるそれをふたりが乗り越えると、床には無数の螺子が散らばっていた。

 螺子があふれていると思われるおおもとのところには大きな漏斗状の器があり、その下では帯式運搬装置が静かに動いていて、その帯の上には生産途中の目覚まし時計が何台も置かれていた。

 この器の底をさぐってくれ、と、監視者は言い、おれがかよ、と、武官は言った。おまえ以外の誰がやるのだ、という監視者に、武官はぶちぶち文句を言いながらも従った。

 汗と油まみれになって、漏斗状の器を底までさぐった武官の横から、監視者は底に開いた穴を詰まらせていた螺子を取りあげた。その螺子は明らかに他の無数の螺子とは、大きさも形も異なっていた。

 じゃああとを元通り戻しておいてくれ、と監視者は言い、手伝ってくれてもいいじゃん、と抗議する武官に、わたしはまた別のすることがある、と監視者は答えた。

 生産途中の目覚まし時計は、裏側を4つの螺子で止めることになっており、そのうちの3つはきちんと止められていた。しかし、生産する機械の不備で、ひとつは螺子が欠けていた。

 ようやくのことですべての螺子を器に、元通りに戻した武官は、目覚まし時計の4つめの螺子が正しく止められるようになったことを確認した。その間に監視者は、外れた別の螺子のせいで動かなくなっていた複雑な細部を持つ機械を修理し、正しく動くことを確認した。

 この機械は、工場に不備があった際にそれを直すための機械だ、と、監視官は武官に説明した。修理するための機械を直すための機械が必要だったのだ。そのように領主には伝えよう。修理するための機械は複数必要なのだ、と。

 さてそれでは、この工場の帯式運搬装置の、一番最後のところまで行くことにしよう、異様なものが見られるぞ、と、監視者は言った。

 そこには、4つめの螺子が止められていないため、出荷が不能と判断された目覚まし時計が、工場の外にはみ出すまでに積み上げられていた。最下層のものは、ほこりと泥と、すこし前に降った雪でぐしゃぐしゃだった。

 報告をうけた領主は腕組みをして、多数の亜人を手配し、出荷不能だった目覚し時計に手作業で4つめの螺子を止めさせた。そして、八州の未成年学習期初期の男子すべてに、その目覚まし時計を無料で配布した。

 今もまだ、成熟体男子の多くは、自分の家のどこかにその目覚まし時計を持っている。

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