第15話 火狐の旧神

 古くからの森を持つ使州のとある領地へ、監視者と武官はおもむいた。監視者によると使州のところどころに見られる大火のあとは、戦災や不審火だけではなく、旧神のしわざのものもある、とのことだった。

 蒸し暑い夏の盛りから、日暮れが早く日の出が遅くなりつつある秋のさなかまで、何十日もかけてそれの始末をつけようと監視者とその上位権限者(神により近いもの)ははかった。

 この旧神は火狐で、そもそもは太陽の中に生まれ、仲間と育ったものだが、ヒトが住むこの世界にひとり、不慮の難でたどり着いたのだ、と、監視者は共に旅をしていた武官に説明した。武官はつかえる領主を持たない若者で、闇色の瞳と闇よりもさらに濃い黒色の髪をしていた。監視者はヒトの体なら女子型未成熟体と見分けのつかない実在で、銀の瞳と金の髪を持っていた。

 過去数年にわたって眠っていた火狐は、この夏にはさらに十分に日の光を溜めこみ、ほんのわずかの間目覚め、枯葉が積もる秋の森を焼きつくすことになるだろう、と、監視者は夏のはじめに武官に説明し、武官を信頼する学友はそのつかえる領主に伝え、複数の領主の申し入れにより、諸王の王としての州王は、多額の金と、可能な限りの工作機械と、それを操作する亜人を用意した。

 龍が天に昇ったのと同じように、火狐をもとのすみか、つまり太陽に戻すことはできないのか、と、武官は聞いた。

 できないことはないが、今の火狐は育ちすぎているので金がかかる、と、監視者は数字を書いた紙を武官に見せた。その数字は州の年間予算の数十倍だった。

     *

 当日、監視者と武官および数人の領主代理人は、半透明な真球(ただしくは、やや歪んだところを持つ、ほぼ真球)の絶対防御装置の中で、真夜中から夜明けまで宴をもよおした。この球の中にいれば、光と変わらぬ速さで太陽に飛び込み、突き抜けても浄化されることはない、と、監視者は自慢げに語った。

 この州では未成年に酩酊系の飲料は禁じられている、と、領主代理人に注意された監視者は、ほかの者が麦酒その他で酩酊しているのに不満を抱きながらも、焼き菓子や蒸し菓子、干菓子や水菓子などを麦茶などでむさぼり食った。

 火狐の目覚めとそれによる火力は、監視者の当初の見積もりを大幅に上回り、さながら大地に新しい太陽が生まれたかのように、森林地帯を焼き尽くし、爆風で周囲の森と工作機械を根こそぎ吹き飛ばした。ほぼ真球の内側にいた一同は、きのこ雲に乗って空高く吹き上げられた。

 球が光と熱をさえぎるために半透明から黒色に色を変えたのち、再び外界が見えるような半透明に戻ったときの、監視者のことばを領主代理人のひとり、この一件ののち賢者となった者は以下のように記録している。

「いんぽっしぶる!」

 これは、火薬の量を間違えて、爆発させる予定の建物以上に回りのものを壊してしまったときに言うことばだ、と、監視者はのちの賢者に説明した。

     *

 ヒトの世界はゆがんだ球の形をしており、卵にたとえるならその殻の薄い部分にのみヒトおよびその仲間は暮らしている、と、州王に陳述する練習として、宿が用意した朝食のゆで卵の殻をむきながら、監視者は武官に語った。その卵の、黄身に相当する部分はほぼ太陽と同じ程度の熱を持っている、と。

 火狐はわたしに感謝した。監視者が、目指すのは天ではなく地の奥深くだ、ということを気づかせてくれたのだ、と。

 礼として尻尾の毛をほんのひとつまみ、かつて森だったところの下に残そう。それは大地と大気にほどほどの熱を与え、穀物がよく育つことになるだろう、と、火狐は監視者に伝えた。

 さて、領主にはどのようなものを植えるべきと進言するか、と、武官は監視者に話した。やはり麦か唐黍か。

 監視者は馬鈴薯が長期的にはいいと思う、と話した。

 適度に薄く切って塩で味付けした干菓子の馬鈴薯は、未成年には飲めぬ麦酒や唐黍酒ではなく、万人に求められるだろう、とも。

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