第9話 文字虫(もじむし)

 央州は大学を持つ領地が古くからある土地である。

 暖期が終わり、長い暑期を迎えるまえの、ほどほどの長さの雨期に、古い図書館の、誰にも読まれなくなったような本が置かれている書庫にはしばしば文字虫(もじむし)が大量に発生した。

 親指の爪ほどの大きさと紙片ほどの厚さを持つその虫は、飛ぶ羽とすばやく動く足で飛び回り、這い回り、諸州の歴史上唯一の統一王である皇帝が封じた一連の文字群を食べて読めないようにした。短くて4文字、長くても10文字程度の文字群は、旧神を信奉した旧世界から伝わる異物で、紙の本がほとんど電子化された今日では違う言い回しがされている。たとえば先住民族、旅芸人、食肉業者など。

 暑期の間に栄えた文字虫は、夜が長くなり、換気の行き届かない書庫の温度が下がるにつれて動きがゆるやかになり、食べたあとの文字を黒い煤のように床に残して果てる。

 古来よりその死骸は、書物に害をなす火龍・水龍を遠ざけるものとして尊ばれてきた。しかし、樹木を素材として化学塗料で印刷された書物は、かつてほど盛んに流通・保存されているものではなくなってしまった。

 電子の海にその遺伝子を伝えた文字虫は電文字虫と名前を変え、今は季節に関係なく突発的に増加する。いにしえよりその虫を根絶する方法は知られていない。


今日よりや書付消さん笠の露 芭蕉

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