第8話 不眠の領主

 芸州のとある領地に、眠れない勤勉な領主がいた。

 領主が眠ると、夢の中の領主が目覚め、太陽に跪拝して食事をして公務をおこない、夢の中で夜になって夢の中の領主が床につくと、夢の中ではない領主が朝を迎える。

 そのような不眠の日々を数十日も続けた早春の宵、日の入りが遅くなって日の出が早くなった頃、領主は遠方より招いた賢者に会い、いい解決法はないか、と尋ねた。

 賢者は、一晩だけ夜に眠ろうとはしないで起きていて、それによってどうなるかをお図りください、と知恵をさずけた。

 言われた通りその領主は、昼にする公務の続きを夜通しでおこない、次の日をむかえた。

 その日の昼すぎ、領主は今まで習慣としてはいなかった午睡を、執務室に置かれていた長椅子でふらふらと取った。

 夢ともうつつともつかないまどろみの中に、夢の中の領主があらわれて、怒りながらこう言った。

 もう、おれの夢に出てくるな、と。

 夢の中の領主も不眠に悩まされていたのだった。

 夢の中の領主が眠ると、夢の中の夢の領主が目覚め、仕事をはじめる、と、夢の中の領主は話した。

 勤勉な領主は、はて、自分は夢なのかうつつなのか、自分がうつつなのは果たして何によって確かなものとされるのか、という、諧謔的な謎を持った。

 その日から領主は、臣下と話し合ったのち、午睡を一定の時間取ることにした。午睡の間、夢の中の領主は働き、すこし短くなった夜には、領主が眠ると夢の中の領主も床につくことになり、どちらも不眠に悩まされることはなくなった。

 この物語を拾ったときに不思議に思ったのは、夢の中の領主は、うつつの領主の夢を見るかわりに、どのような夢を見るようになったのか、ということだった。それは果てしなく続く不眠の領主のきざはしの、最初の一段だったのだろうか、と。


起きよ起きよ我が友にせん寝る胡蝶 芭蕉

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