第7話 狐狸の貨幣

 等州は人の往来が多い領地を持つ州である。

 広葉樹林を近くに持ち、交易が盛んなとある領地に、ほどほどに栄えていた両替商がいた。商人は諸州の古今にわたる通貨に精通していたにもかかわらず、何年か前よりしばしば、特に秋の日の落ちるのが早い夕暮れには、見知らぬ文字と王の顔が刻まれた貨幣が持ち込まれることがあった。

 商人はそのような客に、一日預からせていただければ正しく両替いたします、と告げることにしていた。しかしどの客も、言い値でかまわないから、と、その申し出を断った。謎の通貨は、翌日には木の葉に変わることも、度重なる経験で商人は知っていた。だが、狐狸のたぐいがヒトの通貨を欲しがるのには、よほどの理由があるのだろう、ただのいたずらではあるまい、とも、商人は思って、特別な箱に木の葉を収めていた。

 ある日、旅の賢者が商人のもとを訪れ、その箱と、木の葉を見て驚愕して言った。これは大きな森の中の、格別大きな樹に、年に一枚しか生えない紅葉だ。多分この近くの森全部でも、一年で十数枚も見つかるぐらいの珍しい葉だろう、と。

 賢者は、ヒトには無価値なものとはいえ、欲しがる異界の者には心当たりがある。よろしければ取引の代理人になれないだろうか、と申し出た。商人は曖昧な表情で承知した。

 それから何日か後、商人の夢の中に賢者があらわれた。賢者は両の手のひらを合わせたら乗るほどの木の枡に、びっしり詰まったドングリの実と、特殊な能力を商人にさずけることを約束した。

 目が覚めると商人の枕元には、枡いっぱいの黄金のドングリがあった。そして商人は秤を使わなくても、両方の手のうえにものを乗せるだけで、ものの重さと価値がわかるようになった。

 黄金のドングリはその後、訪れる旅の賢者に惜しむことなく与えられ、両手に込められた力は、商人としてはあまりにも不正直に見られそうだから、ということで、狐狸の貨幣の価値を正しく知るため以外には使おうとはしなかった。

 商人は普通に結婚し、子供を育て、その子孫と名乗る者は今でも等州のあちこちの商都に住んでいる。今、この話を話以上のものとしているものは、直系の子孫が家宝にしているという、黄金のドングリが入っていたと伝えられる木の枡のみである。


鬼灯は実も葉も殻も紅葉哉 芭蕉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る