第3話 同旅二人

 仁州は奥深い山をいくつも持つ土地である。月影が薄い夜中に旅人がひとりで、そんな土地の山道を歩いていると、数歩前方もしくは後方に、淡い人影が見えることがある。足音はヒトのそれを模したようで、容貌を確認することは難しいが、背格好や服装はその旅人ととても似た人影だ。前方の人影に向かって旅人が走ればその影も走り、止まれば止まって、距離を縮めることはかなわない。後方の人影から逃げようと走っても同じことである。

 ある山道のふもとの茶店では、「同旅二人」と印が押されている、手のひらほどの大きさの瓦焼きを持っていけば、その怪異から逃れることができる、と宣伝していた。後方の怪異は瓦焼きを山道に置くとそれを手にとって動かなくなる。また、前方の怪異は買った瓦焼きと区別がつかないものを落とすこともあるので、旅人がそれを手にとると走り去るように怪異は消える。

 心理学者はその影を、旅人がひとり、誰も通らない山道を歩くことによって生じる神経の迷妄だ、と判断する。

 物理学者はこの世界とまったく同じだが次元の異なる世界があり、世界の接点が曖昧なとき・場所に起きる自然現象だ、と解釈する。

 大衆は、ヒトと異なる進化を遂げた知性体、要するに狐狸のたぐいが、こわがるヒトを見て面白がるためのいたずらだ、と言う。

 合理主義者は、茶店がみやげものを売るために考えだしたでっちあげだろう、と分析する。

 物語を作る人間は、その茶店はタヌキがまかなっているにちがいない、と、物語を作る。

 数世代前までは、山道のふもとの茶店は実在しており、当時の記録によると、売られている瓦焼きはヒトにとっては微妙な味だったそうだ。しかし、飼っていたネコに与えると、貪るように食べて「にゃーん(おかわりは?)」と鳴いたそうだ。


木曽の情雪や生えぬく春の草 芭蕉

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