第2.5話 二人の親友は正反対である

「おはよーっす」

「あれ、早かったねまこと

桜花おうかお前、よくも俺を置き去りにしたな」

「ん~……なんのことだろ?」

「とぼける、なっつの」

「いたっ」


 窓際で花瓶かびんの水を入れ替える桜花に寄って、小さいひたいを、指先で軽く小突こづく。

「痛いなあ」と困り眉になって額を抑えるが、俺はあの時首が絞まっていたからこんなもんじゃあない。


「もう、女の子を叩いたりしちゃだめだじゃない」

「俺とお前の間にそんなのないようなもんだろうがっ」

「ちょ、止めてよ誠っ、髪乱れちゃうから!」


 桜花の頭に手を置いて、ととのった髪をワシャワシャと掻き乱す。

 毎朝丁寧にいて、毎晩しっかり手入れしているだろう髪はシルクみたいになめらかで、触って気持ちよくやたら撫で心地が良い。

 そして、そのちゃんとした髪をくしゃくしゃにするのはかなり楽しい。しかも良い匂いがふわっと広がり癖になる。……後でかなり怒られるが、俺を置いていった罰である。


「おーおー誠。今日も桜花ちゃんとイチャイチャしやがって、いやあ、おあついこって」

「こらタカヤ、そう茶化ちゃかすものじゃなあいぞ。仲良きことはいいことだ」

「タカヤ、武崇たけたか、おっす。武崇はともかくタカヤもはやいな」


 桜花の頭から手を離し、よくよく見知った二人に目をやる。

 白坂しらさかタカヤと、銀条寺ぎんじょうじ武崇たけたか。中学の時からつるんでる、気の置けない悪友あくゆう──では、あるんだが。


「まあな。今日は桜花ちゃんは日直で朝早い。で、新学期始まったばっかで気ぃ引き締めてるだろうから誠を起こしてくるのは予想ついたからよ~」

「お前、ホント変なところに頭使うよな」


 キシシと笑うタカヤは、その糸目いとめ相俟あいまってすさまじく胡散うさんくさい。

 今の通り頭もよく回るのだが、こうしてろくなことに使わない。

 それなりに長い付き合いだが、いまだにはらうちを読みきれないところがあった。とはいえ、悪い奴でも嫌な奴でもないというのは確かだ。

 一方いっぽう、武崇は。


「誠は良縁りょうえんを引き寄せる。それは誠心まごころつらぬくがゆえだ。善因ぜんいん善果ぜんか因果いんが応報おうほう。誠のまわりに人が集まるのは誠の人柄ひとがらすぐれているからこそで、誠をく者たちが、わるい者でないこともしめす。タカヤも含めてな」


 このとおり、使う言葉がむずかしい奴だ。

 武崇はてら生まれで、幼い頃は桃太郎の代わりに釈迦しゃか一生いっしょう童謡どうようの代わりに念仏ねんぶつを聞いてそだってきたそうだ。

 お陰か今どきめずらしい信心しんじんぶかい男に育ち、将来は仏門ぶつもんに入るつもりらしい。その為に日々修行をしているらしいが…………肩幅が広くてがっしりとした体格を見ると、なにか違う修行をしているんじゃあないかと思う。

 ずぼらな俺、胡散臭いタカヤ、勤勉きんべんな武崇。三者さんしゃ三様さんようでなにも似たところがない三人だが、なぜか一緒にいると不思議ふしぎと心地が良い。大きさの違う歯車が、しっかり噛み合って円滑えんかつに動くように。……まあ、機械きかいと違って生産性せいさんせい微塵みじんもないが。

 タカヤたちと軽く言葉を交わしながら桜花の頭から手を離し、自分の席にカバンを置く。


「さてっと……俺飲み物買ってくるけど、お前らは?」

「オレは無糖むとうコーヒーならなんでもいいぞ」

「ほうじ茶を頼む」

「いや着いてくるかって聞いたんだよさらっとパシらせんじゃねえ! そういうことならジャンケンだ。ジャンケンで決めっぞ!! じゃーんけーん!」

「「「ポン!」」」


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