第3話 ロリ体型は見栄を張る

「チクショウ……」


 負けた。ったく、二人揃ってパーだしやがって。お陰で俺の一人負け。……まさか読まれていたか?


「いや、まさかな……?」


 ジャンケンはしょせん運だ。偶然だろう、うん。

 自販機じはんき本棟ほんとう特別棟とくべつとうつなぐ渡り廊下にある。向かうついでに校舎内をうろついてみたが、やはりまだ人は少なかった。

 のんびり目的の自販機前に行けば、先客せんきゃくがいた。


「お、ありゃあ……」

「ぬおー……も、もうちょ、っと……!」


 小さい。俺の胸下むねしたぐらいしかない女の子が、ぐいと最上段さいじょうだんに向けて身長相応に短い腕を伸ばしている。かかとを浮かそうとしてもハッとして戻して、意地いじでも背伸びしないつもりらしい。

 自分でも届くのだと言いたげに、顔を真っ赤にして腕を伸ばしているが、中指があと少し届かない。

 ふるふると、サイドアップに小さく纏めた、色素の薄い毛先が揺れていた。

 そんな様子が小動物みたいに愛らしくて、SNSにあげたら間違いなくあっと言う間に拡散されるだろう。


「おっす、菊理きくり、おはよう」

「あ、まこっちゃんおはよう!!」

 

 黄原きはら菊理きくり。こう見えても栄桜さかえざくら高校こうこう二年にねんせい。俺のクラスメイトで、タカヤたちと同じく中学ちゅうがくからの友人だ。

 身長は中学時そのときからあまり変わらず、他の連中れんちゅうと比べても頭二つ三つ小さい。制服ブレザーもどこかぶかぶかに見える。

 だが三人いるらしい兄は身長が高く、「兄ちゃんたちに身長を奪われたんだわたしは!!」と絡みソーダをされたことがある。

 だがいま菊理が取ろうとしているのは、無糖のコーヒー。


「お前飲めるのか? ブラック」

「……の、飲めるし。こう見えても大人で淑女しゅくじょでレディだし」


 重複表現だぞ、それは。

 ちなみに自販機の高さは183cm、最上段はだいたい177cmで俺の身長と同じだと噂に聞いたことがある。

 実際それは真実だろう。だって俺のすぐ目の前が最上段だし。


「押してやろうか?」

「……かたじけない。たのみまする誠っちゃん……」

うけたまわった」


 時代劇じだいげきがかった口調くちょうに乗って、ポチりとボタンを押す。一秒と待たずに、自販機は「ガコン」と缶を吐き出した。

 菊理はサッとしゃがんで、取り出し口から黒々としたラベルのスチール缶を取りだした。……しゃがまんでも取れるだろう、というツッコミは敢えてせず。


「センキュー誠っちゃん! 相変わらず頼りになるなー! これからもヨロシク!」

「おうおう、存分に使えー」


 返礼しつつ自分の買う分の金を入れてソーダをえらぶ。続いてタカヤと武高に頼まれた無糖コーヒーと、ほうじ茶も買った。

 続けざまに、それも雑多な種類ジャンルの飲み物を買った俺を、菊理はキョトンとして見上げてくる。


「え、誠っちゃんそんなに飲むの?」

「タカヤと武崇にジャンケンで負けたんだよ……」

「ああ、シロちゃんとギンちゃんにか。誠っちゃんジャンケンめっちゃ弱いもんね」

「いやいや、ジャンケンなんて運だろ運……」

「でも誠っちゃん最初は絶対グーじゃん。バレバレだよ?」

「……え?」


 まじでか。今までのジャンケンを思い返してみたが、確かにパーで負けたことが多いような……気がしないでも、ないような……。だけどそれなりにアイコになったことだって……まさか。


「タカヤの奴、俺にさとらせないようにわざとやってやがったか……!」

「あー。シロちゃんならやるなー確実に。頭良いくせにやることがアホだよねーシロちゃんて」

「全くだぜ。武崇は分からんが、タカヤはやりかねん。……そこで飲んでこうぜ」

「早く戻んなくていいの?」

「構わねえよ。いそげとは言われてねえしな」


 なにより今戻ったら文句付けちまいそうだ。これを利用しない手はない。今度のジャンケン勝負は今に見てやがれ。俺はもう一つ上の次元に行くぞ。

 自販機のそば、中庭なかにわにあるたりの良いベンチにならんで腰かけた。椅子に座っても、やはり身長差は埋まらない。

 隣の菊理を見てみれば、封を開けたもののまだ口をつけてなかった。だというのににがみばしった顔をして、じっと真っ暗な缶の仲を見つめていた。


「…………昨日のグレンブレイザー」

「うぐ!」


 俺のつぶやきに、菊理はうめいて固まった。

 炎熱えんねつ勇魂ゆうこんグレンブレイザー。俺らが生まれる前に放送ほうそうしていたヒーローアニメだ。

 ヒーローモノの金字塔きんじとうとしてはばひろ年齢ねんれいそうあいされていて、最近さいきんリメイクが日曜にちよう夕方ゆうがたにやっている。

 菊理は、グレンブレイザーの大ファンで、登校に使うリュックにキーホルダーやピンバッチを付けていた。

 そして昨日きのうの放送で、あるキャラクターがブラックコーヒーを美味うまそうにんでいた。


「お前も飲みたくなっちゃったかー」

「うぐぐ……だが買ったものはいたかたなし……! 不肖ふしょう黄原菊理、いざぐびり……!」


 図星ずぼしを突かれた菊理だが、それがぎゃくに火を着けたらしい。

 覚悟を決めて口先をつけ、両手で握りしめた缶をぐいとかたむけた。……のだが、しかし。


「にっっっが~~~……」


 さっきよりも苦々にがにがしい顔をして、眉間にシワを寄せながら小さい舌で空気をペロペロなめた。

 なんとも仕草しぐさが小動物っぽい。こういう愛らしいところが、クラスのマスコット的存在の地位を確立かくりつさせていた。

 もっとも本人はその自覚はなく、ただ単に「友達たくさんいる」という認識にんしきのようだけども。


「無糖だからな、コーヒーは苦いぞ」

「ソーダ飲んでるお子ちゃまじたの誠っちゃんに言われたくはないやい!」

無理むりせず美味うまいと思うものを選ぶ。それでいいんだよ。寄越よこしなそれ。代わりにソーダこれやるよ。開けてねえからさ」

「うむう……くのもまた勇気ゆうきか、グレンブレイザー……!」


 菊理は惜しむ体裁ていさいをとりながら、あっさりとしてくる。どうやら本当にダメだったらしい。

 缶コーヒー特有とくゆうの、ショートのスチール缶を受け取って代わりにソーダをわたしてやると、菊理は一も二もなくグビグビと、コーヒーをあらながすようないきおいであっという間に飲み干した。


「ふいぃ……けぷ。……いつもありがとう。誠っちゃんには世話になりっぱなしだなあ、本当に」

「なあに気にすんなって。俺とお前の仲だ。出来ないことは相手に頼る。それが友達ってもんだろうさ」


 うなだれる菊理の頭をワシャワシャと雑に撫でこする。

 同じ髪なのに桜花とはまた違った感触と匂いがした。

 桜花の髪は撫でると「気持ちいい」が、菊理の髪は撫でると「楽しい」が先に来る。

 身長差のせいか、なんとなくしっくり来るのだ。


「誠っちゃん、今わたしの身長のこと考えたろ」

「ああ、考えた」

「正直過ぎだろこのヤロー!」


 考えてないと言っても「嘘吐くんじゃねー!」と怒るんだからここは正直に、はっきり言い切った。

 腕をぶんぶん回してポコポコ殴ってくるが、驚くほど痛くない。

 苦笑しながらちょっと頭を撫でても菊理は機嫌を直さずに、むきーと目を剥いて更に殴ってくる。地味ーに痛くなってきたが、それでも肩たたきレベルである。


「なんだ、菊理はちっこいのはイヤか」

「そりゃあまあ色々不便だしね……脳天気のうてんきに生きてちゃあいられんのさ、ちびっ子って奴は、さ」


 明後日あさって方角ほうがくを見てフッと黄昏たそがれてるが、手に持つスカイブルーのサイダー缶のせいでびっくりするほど似合わない。

 むしろ背伸びしている子どもっぽさが引き立っている。


「だけど菊理は元気あんだろ? そのちびっこい体から余るぐらいに」

「だからちっちゃいっていうんじゃねー!」

「自分で言ったじゃねえか……」


 再び殴りかかってくるのを、頭をおさえて制止する。菊理の腕は、ギリギリで届かない。

 届かないと察した菊理は、殴りかかるのをやめて悔しそうに「ぐぬぬ」とこちらをにらんできた。

 俺は「まあ聞け」と、抑えていた手から力を抜く。


「その余ってる分は、周りのみんなに振りまいてる。お前といたらみんな元気になるんだよ。だから、あんまりしょげんるもんじゃないぜ? みんな、心配すっからさ。菊理は元気なのが一番だ」


 なんだか説教臭いことを言ってしまったが、間違いなく本心だ。菊理はしょぼくれてるよりも、ニッカリ笑ってる方が良い。

 菊理はポカンとして、俺を見上げてくる。

 しばらく、沈黙が続いて。


「……誠っちゃん、言うことがなんかおっちゃんみたい」

「誰がおっちゃんだ、誰が」

「わきゃぁああああ! やめろー!」


 グシャグシャと頭をなで回して、髪の毛をボサボサにする。当の本人は止めろと言っているが、くしゃりと楽しそうに笑っていて、声音こわねもさっきの消沈してたのと打って変わって明るくなった。

 やっぱり菊理は無邪気な方が似合っている。

 ひとしきり撫でると菊理は顔を上げて。


「うっしゃ、なんだか元気湧いてきた! ありがとうね、誠っちゃん!」


 にっこりと、百点ひゃくてん満点まんてんの笑顔をして。ひょいと身軽に、ベンチから飛んで立ち上がる菊理。

 

「それじゃああたし教室戻るから、またね!」

「ああ、また後でな」


 菊理はとてとてと手を振りながら、ソーダの缶を捨てて教室に戻っていく。

 うん、やっぱりあいつは元気なのが一番だ。さっきも言った通り、こっちも気分が晴れてくるし、活力が湧いてくる。

 ただ──


「あとはコイツを処理しょりするだけか……」


 このコーヒーを飲み干すのに、気力を使い果たしそうではあるが。

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