第4話 色気ある子はからかってくる
手の内で缶をくるんと回してみれば、真っ黒に染まった液体が揺れた。まだ口を付けてないのに、唾液が苦く感じる。
そもそもコーヒーよりも
そして普通のお茶より
昆布茶と言えばいくつかある
夏の飲み物は
「……はあ」
なんて、
いつまでもぼうっと眺めてるわけにもいかないし、交換したとは言え
たかがショート缶190
「あら、飲まないのかしら? それじゃ、いただきま~す」
「え」
ベンチの後ろから伸びてきた手に、缶コーヒーが
思わず後ろを振り向けば、
その
「うん? どうしたのかしら~、誠君?」
「……いや、なんでもねえよ、みどおか」
ゆるく纏められた
これは
「もう~私の名字の発音はミドーカだって言ってるじゃない。それに、私のことは、ゆりって呼んで欲しいんだけどなぁ」
「はいはい、わーったよ、
「素直じゃないなあ、誠くんは。そういうところがいいんだけど」
胸はブレザーを押し
「隣、座るわね~」
「……相変わらず、
隣に座った緑丘は、ピッタリと体を寄せてきた。
お陰で匂いがより
咄嗟に、
これは逃げじゃあ無い。
「いいじゃない~。こうやって、間接キスした仲なんだから~。お陰でブラックコーヒー、すっごーく甘く感じたわよ~?」
「残念だったな、それに口を付けたのは菊理だ。俺じゃあない」
「……つまり私、菊理ちゃんと誠くん、三人が絡み合う
「だから俺は口は付けてねえって!?」
「ふふ、知ってるわよ~。だって最初から見ていたしね~」
「お前はまた……」
こうやって、なにかにつけて絡んできては俺をからかってくるのである。
おっとりとろいように見えるがところがどっこい、
だがのんびりとした
「はあ……緑丘、そうやって他人をからかうのは止めた方が良いぞ。その内、面倒ごとに巻き込まれるぞ?」
「でもその時、私が助けて~って言ったなら、誠くんは助けてくれるでしょう?」
「お前の
「そう言ってる誠くんが他人を放っておくの、私は見たことないけどな~。
びくり、と肩が跳ねた。どうやら坂道のあのやり取りを見られていたらしい。だがどこでだ。あそこは学校まで一本道、隠れられるような場所なんてないはずだ。今さっき
「それに私だって、人は選んでるわよ~? こういうことは、誠くんにしかしないもの」
「それは俺がからかいやすいからか?」
「いいえ~?」
いつもの、のほほんとした仮面のような頬笑みの影から、本物の口の端が見えた気がした。それはほぐれた糸のようにたわんでいて、
「だってアナタは、すごくいい人だもの。さっきソーダを買ったのだって、菊理ちゃんにあげるつもりだったんでしょう? 誠くんは、朝はいつも緑茶を買うものね?」
「緑丘、お前、本当によく見てるな……ぶっちゃけ怖いぞ」
「もう、こうしたのは誠くんなのよ~? 素の私を知ってても、付き合ってくれるのなんてアナタぐらいのものなんだから~」
……まただ。
いつも張り付けたような笑顔をしてるくせに、たまにこんな、柔らかい表情を見せる。慈しむような、尊ぶような。普段の弄ぶような態度と口調は崩さないくせに、印象通りの母性を感じさせる
――これも俺をからかうためにしている表情なのか。それとも、素の笑顔なのか。全く掴めない。
だけどその笑顔だけは、正直言って嫌いになることは出来なかった。
「アナタぐらいのもの」と言われて、妙に昂ぶる胸が
弄られてばかりいるのも、
「なんだかんだ言っても、お前だって優しいけどな?」
「え?」
「代わりにコーヒー飲んでくれてありがとよ」
反発するのを一時辞めて、
すると緑丘の顔から微笑は消えて、キョトンとした
「……ふふ、やっぱり誠くんて
「俺は気を張るけどな」
あっと言う間に、
一瞬開けた心の門をすぐに閉じて、そっぽを向いた。
いつまでも受け入れる準備をしていたら、内側から
「……前々から気になってたんだがよ、なんでお前、俺にこんな絡んでくるんだよ」
「今言った通りよ~? 誠くんが素敵な人で、一緒にいると楽しいから。素の自分でいても、見捨てずに接してくれるから。それに……」
「それに?」
「…………私のこと、知った気でいる態度が
「は?」
含みのある言葉に、思わず「どういう意味だ」と振り向いてしまった。
するとそこにあったのは、鼻先がくっつきかねないほど近づけられた緑丘の顔。
垂れていながら
思わず引き掛けたが、さっき引いた時にベンチの
「――たしかに、他のクラスメートよりも、あなたは私の素を知ってる分、詳しいかもね? でも、あなた、私について、何も分からないじゃない?」
「それは……」
わざとらしく
心地良い。思わずそんなことを思ってしまう。
ふっくらと
閉じられた口から漏れ出る吐息が顔を撫でる。息さえも
なにも、言い返せない。
鼻と鼻が、くっつきかけた、その瞬間。
「ふふ、やっぱり誠くんとお話しするのって、楽しいわね~」
くすりと笑った緑丘は、背もたれに手を掛け「よいしょ」と
「それじゃあ私、教室に戻るわね~。……ありがと、誠くん、お話、楽しかったわ~」
こっちを振り向いた緑丘は、あの柔らかい笑顔で軽く手を振ると、フワフワと舞う綿毛のように、身を軽やかに
いつもゆるくてのんびりしてるのに、今日はその背中が少し、速く見えた気がした。
「…………ちくしょう……」
今回はやられっぱなしだった。いや、今回も、だ。
今思えば確かに、緑丘のことを知った気でいたかも知れない。だけど俺は、緑丘について何も知らない。
ったく、なんだか自分が気恥ずかしい。変な汗が出て喉が渇いた。
……あれ、そういえば。
「俺、なにも飲んでなくね……?」
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