第7話 お嬢様は気安くない
「おーっす」
「お帰り
「ああ、途中でばったり出くわしてな」
「一緒にお散歩してた」
時計を見れば8時20分。ちょうど良い時間だ。あとは座って、HRをのんびり待つとしよう。
俺の席は
自分の席に向かうと、どうやら、お隣さんも来てたらしい。
「おっす、おはよう」
「…………」
その代わり、流し目にやたらと
だけどこっちを見ていたのは一瞬で、すぐさま
……だけど。
(まるで一枚の
鼻筋はスッと通って、
こちらに見せているのは横顔だけだが、それだけでも充分伝わった。
「
「…………おはよ」
「え?」
「え、じゃないわよ。
「あ、ああ、おはよう」
「……ふん」
藍沢はこちらも見向きもせず、ただ言葉を投げ掛けるだけの
藍沢はドライで
しかし
世を
それに、藍沢は。
「……アンタ、今日早いんじゃない?」
「ああ、桜花に起こされてさ。一時間前ぐらいには着いたよ」
「あの
「相変わらずバッサリだな藍沢は……!」
これこの通り、放つ言葉に一切の
他人の顔を
とかくこうも
誰かと話したとこを見たことはないが、俺以外にもこんな
「自分が
「
「おお、そいつはすげえ……俺だったら横付けしてもらうわ。そっか、藍沢の家って街の外れの方にあるもんな」
さすが日本有数の大企業、その社長の住まいと言うべきか。俺が住むような一般的な二階建てなら庭に五軒は建つだろう。地元では知らぬ人がいないお
無数にある散歩ルートの一つに、その前を通るコースがあったから覚えている。
確か、街の外れにあって
――うん、藍沢の家があるのは学校の真反対。徒歩で通学するにはキツいだろう。
なにを驚いたのか、薄く形の良い唇をわずかに開けて俺を見ている。
「……
「なんだそのことか。俺、散歩が趣味でさ。休みの日は
「……………………あっそ」
……いったいどうしたことだろう。藍沢の目があっと言う間にいつもの冷たい目に戻りましたよ。これはあれか、変質者かなんかと疑われているんじゃあなかろうか。
それはなんとも
「言っておくけど、お前の家の前だってそんな
「なに必死になってフォローしてんのよアンタ。ストーカーだろうとなかろうと、どっちにしても目的もなくうろついてるとか普通に変人よ?」
「それは否定できねえが……」
眉を寄せられて睨まれるように言われると、なんだか泣きそうになるんだけども。
藍沢の
……もう少し話出来るだろうか。
もしかしたら虎の尾を踏んでしまうかもしれないが、虎穴に入らずんばなんとやら、だ。
「で、藍沢は休みって、なにしてるんだ?」
「はぁ? そんなこと聞いて、どうするわけ?」
「なんとなく気になってさ。いや、言いたくないなら――」
「
いや答えるのかよ。一回挟んだ
先の朝の挨拶といい、どうもテンポがずれている気がする。いつも自分のペースを
表情は変えず、ツンとすました顔のまま。頬杖をついて顔だけをわずかにこちらに向けている。
……これは、話を続けてもいいってことだろうか?
「へえ、俺はさっきも言った通り休みの日は」
「散歩でしょ。同じ話しないでくれない? 会話のセンスないわね」
「お前がそれを言うのか!?」
返されたボールを投げ返したら、見事に急所に投げ返された。
だがばっさりと切り捨てても、顔は変わらずこちらを向けている。どうやら首の皮はぎりぎり繋がっているらしい。
今度は、投げ方を変えて訊いてみる。
「音楽鑑賞って、クラシックとか?」
「あんな
「つまり流行曲とか
「
「……藍沢?」
ぽつりと藍沢は
……女の子に「悲しげな顔も似合う」なんて言いたくはないが、
確かにさっきの世を拗ねたような顔も、この
だけど、悲しい顔が似合うからって、あまり
なにか、笑っていられるような場所や相手はいないんだろうか。
「幻滅はしねえけど……
友達。その一言で、藍沢の肩がびくりと跳ねた。
伏せられた目がにわかに見開かれ、形がよく、綺麗に輝く
…………そして。
「――――は?」
おかしいな。確かに今日は春にしてはちょっと寒い方だけど、こんなに冷えたかな? 殺気と比べて体感温度が三度ぐらい一気に下がった気がするんだけども。
しくじった。どうやら案の定、虎の尾を踏んでしまったらしい。
そんな俺の様子を確認したのか、藍沢は「ふん」と
――ただ。
「……友達なんて、いらないわよ」
そんな吐き捨てるような呟きが、聞こえた気がした。
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