第6話 ミステリアスな子には懐かれる

「よっし、着いたな……っと」

「ありがとう黒高くろたか君。助かったわ」


 教卓きょうたくそばに段ボールを置くと、本が「どさり」と重たい音を鳴らす。古語こご辞典じてんが人数分入った箱はさすがに重かった。一階から三階まで持ってくるのは男の俺でもなかなかの重労働。

 やはり青海あおみと代わってよかったと思う。


「おー、やーっと帰ってきたかまこと。委員長ちゃんにナンパでもしてたかよ?」

「してねえよ。ほらご注文のコーヒーだ。武崇たけたかも、ほい」

「こら誠、教室でモノ投げないのっ」

「そうよ黒高君、人にぶつけたらどうするの」

「あー、まこっちゃん怒られてやんのー」


 りょうのポケットに入れていた飲み物を取り出して、窓際まどぎわ談笑だんしょうしていたタカヤと武崇に投げ渡す。

 すると側にいた青海には注意され、教室の後ろにいた桜花には詰め寄られ、それを最前席に座る菊理きくりには笑われた。見回してみれば、クラスメイトたちも続々ぞくぞく登校とうこうしてきている。れんはまだ朝練の途中とちゅうだろう。


緑丘みどおかは戻ってないのか。さっき行き合ったんだけど」

「うん? 緑丘? そういえばさっきまでいたけどどっか行ったな。トイレでも行ってんじゃないかーアイツ友達いねーし」

「タカヤ、お前相変わらず緑丘には辛辣しんらつだよな……」


 同族どうぞく嫌悪けんおと言う奴だろうか。二人とも頭の回転が速い。タカヤは緑丘が猫を被ってるのを見破ってる節があるし、緑丘もそんなタカヤを警戒けいかいしている素振そぶりがある。

 タカヤと緑丘は顔を会わせると、相手を意識的に無視することが多々あった。

 もしかしたら緑丘がいなくなったのもタカヤと鉢合わせしたからかもしれない。

 ……とはいえ、あまり仲良くなって欲しいなとも思わなかった。二人とも変なことに頭を働かせる奴だ。「組んだら絶対にヤバいことになる」と、俺の勘が告げている。


「さて、っと」

「あれ、どこ行くの誠っちゃん?」

「俺もそこらへん歩いて時間潰してくるわ」

「黒高君、本当に好きなのね、散歩……」

「ほっといたら、ひたすらうろついてるからね、誠。晩御飯の時間になっても帰ってこない時なんてもうしょっちゅうで……」

「黒高君はそういうところがあるわよね……自分のことにはとことん無頓着むとんちゃくで」

「そうなの。連絡入れても携帯をちゃんと確認しないから全然反応なくて。この前なんて帰ってきたの夜の九時だよ?」

「そんな時間まで当てもなくうろつくなんて……ちゃんと勉強は」

「さーてちょっくら行ってくらーっと!」


 桜花と青海の(俺に対する)井戸端いどばた会議かいぎ染みた愚痴ぐちの言い合いに、たまらず教室から飛び出した。

 だいたい散歩の何が悪いのか。健康的で良いじゃあないか。……さすがに件の九時まで歩いていたのは反省しているが。

 ただ、元から足を動かすのは好きである。陸上を止めて以来いらい、体を動かす頻度ひんどが減ってから余計に出歩くようになった気がする。特に休みの日は、昼近くに起きては目的もなくほっつき歩くのが習慣しゅうかんになっていた。

 個人的な散歩のルールとして、同じ日に同じ場所、同じルートは辿らないと決めている。校内を練り歩くときも例外じゃないが、今日はあちらこちら色々歩き回った。

 と、なると。


「あそこに行くか――」



 特別棟とくべつとうの裏には竹林ちくりんがある。その先は旧校舎きゅうこうしゃ改装かいそうした合宿所がっしゅくじょがあった。

 合宿所までの道程みちのりは竹林に挟まれた石畳いしだたみになっていて、なかなかどうして風情ふぜいがある。竹の葉同士が春風でこすれ合って、心地良い音が鳴っていた。

 栄桜さかえざくら高校有数のスポットだ。

 奥まで行って帰ると、丁度ちょうど良い時間に――


「見つけた……」

「おう?」


 さて行くかと思った瞬間、制服ブレザーすそが後ろから引かれた。振り向けば、くすんだ短い髪をシャギーに切りととのえた少女がいた。かさなった毛並みは、犬にも似ている。

 とろんとしたタレ目は眠たげだが、半眼はんがん気味で見ようによってはにらんでいるようにも見えた。だがこいつは、これがだ。


「なんだ、紫場しばか」

「うん、ワタシだよ、誠」


 相変わらずの無表情むひょうじょう抑揚よくようのないトーンに思わず苦笑くしょうした。

 紫場しば牡丹ぼたん。こいつも俺のクラスメイトだ。

 独特どくとく雰囲気ふんいきから誰かと話してるところを見たことはあまりない。

 まあ、間と雰囲気の二つだけではなく制服の着こなしも理由には挙がるんだろう。

 ブレザーをゆるく着崩きくずして、リボンタイを緩めてシャツのボタンを開けている。オマケに首にはチョーカーまで巻いていた。

 いちおう―だいぶ緩くて逆に不安になる―栄桜ウチの校則ではアクセサリーの類は禁止されていないが、正直言って不良ふりょうにも見える。

 ただ、本人にその気は無い。俺と同じく、というより俺よりもマイペースで自分への視線に無頓着むとんちゃくなだけだ。しかし谷間がギリギリ見えそうなのは如何いかがなものだろうか。緑丘にも並びうるスタイルの良さで、その恰好かっこうは非常にだ。

 胸元から目を逸らしつつ、紫場の目を見る。

 綺麗なひとみが、ぽやーと真っ直ぐ見つめていた。


「どうしてこんなとこに?」

「誠を探してた。登校したら誠の気配けはいしたけど、どこにもいなかったから」

「俺になんか用でもあったか?」

「…………。……?」


 いやキョトンとされて首をかしげられてもな……。まあ、特に用事はないのだろう。ただ友達おれを探してた、というだ。

 本人はあまり気にしていないらしいが、紫場はどうも友達が少ないらしい。

 無口だし、表情も無く制服は着崩す。ついでに何を考えているか、能動的アクティブに話す方じゃない。正直言えば、近寄りがたい独特な雰囲気があった。

 神秘的ミステリアス、とでも言うのだろうか。自分時間で生きる紫場は、どこか浮き世離れしているようだった。

 だけど。


「……散歩するけど付き合うか?」

「うん」


 この通り、紫場は素直な性格をしている。普段はただ、ボーッとしているだけだ。

 例えるならそう、のんびりるのが好きの子犬ワンコに近い。

 俺もクロというイヌを飼っているのだが、なんとなく紫場はクロに似ているのだ。……女の子と犬を一緒にするのは如何なものかとも思うけれども。

 とかく紫場は、意外と付き合いやすい。あまり自分から動くことはないが、こちらから歩み寄れば、しっかりと答えてくれる。

 ……まあ、近付くまでの勇気を持つのが、ちょっと要るだろうが。

 揺れるチョーカーのチャームを横目に見ながら、ふと、いてみる。


「紫場は寂しくないか? 友達居なくて」

「……? いるよ、友達。誠がいる。あと桜花とか菊理もいる」

「量より質なのな……」

「特に、誠が好き。菊理も好き。ちっちゃくて、可愛い」

「あー、ほどほどにな?」


 紫場は菊理とは親しいが、視界にいれた瞬間につかまえてひたすらでまくる。自分からあまり他人に働きかけることがない紫場だが、菊理は例外で自分から追いかけていた。

 お陰かどうか、菊理は紫場が天敵てんてきらしい。

「牡丹ちゃんはわたしのコンプレックスを刺激する」と語っていたが、…………うん、同じ土俵で戦うのは、難しいだろう。

 そんなことを思いつつ、二人並んで、のんびり進む。横にピタリと着かれていると、本当に散歩をしている気になる。

 合宿所までの道は一本道だがゆるやかなカーブが何度かあって、途中に小さな川と橋まである。

 ちょっとした和風庭園みたいで、ここが校内だというのも忘れてしまう。

 本当に、散歩しがいがある場所だ。

 物静かな紫場と歩けば、風の音もよく聞こえて気持ち良かった。

 流し目に見てみれば、紫場の表情も、どこか柔らかい。


「散歩、好きか?」

「うん、好き。疾風しっぷうまるとも、よくするから」

「ああ、疾風丸か。元気してるか?」

「うん、ご飯もたくさん食べるし。クロちゃんは?」

「もうじいさんで昼寝ばっかしてるけど、あの様子じゃまだまだ生きるだろうな」


 紫場も、犬を飼っている。「疾風丸」というお堅い名前に反した、白黒模様の小さい犬で、飼い主と違ってひとなつっこく社交性がある。

 俺もクロの散歩でドッグランに行ったとき、紫場と疾風丸に顔を合わせることがあった。

 愛犬あいけんについて話す紫場の顔は、ほんわりとして柔らかい。纏う気配も、どこか心地よいものになった。

 本当に、見た目で損をしているなと思う。ホントは素朴で優しい子なのに。この一面を知ったら、もっと友達も増えるだろうに。

「お、見えてきたな、合宿所」

「オバケとか、出そうだよね」

「はっはっは、やめようなそういうの?」


 俺はそのたぐいは嫌いなんだ。本当に無理。

 だけど目をこらして見てみれば、木造二階建ての建物は改装しただけあって古くささは無いし、清潔せいけつ感もある。どちらかといえば、大きめのコテージと言った風だ。陸上部の合宿で使ったことがある蓮曰く、だい浴場よくじょうも広くてエアコンまであり、過ごしやすいとか。

 そう聞くと、泊まってみたくはある。まあ、帰宅部の自分とは縁が無いものだが。


「さて、そろそろ戻るか。丁度良い時間だろうし」

「うん、帰ろう」


 じゃれつくように、紫場が腕にしがみついてきた。高校生離れした緑丘にも匹敵しうる胸が腕を挟み込んでくる。

 ……紫場は本当に、距離感を考えるのが苦手らしい。これじゃあ友達作りも大変だなあ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る