第25話


 酷い有様に変わり果ててしまった街を歩いた。道の真ん中を歩いているのに、何度も転びそうになる。虚脱感のせいかもしれないし、道が歪んでいるせいかもしれない。

 どこに向かっているのかだって?

 これから何をすべきなのかも目途が立たない奴がどこを目指すかなんて決まっているだろう。酒だ。酒。バーがあった辺りの瓦礫を掘り起こすと、そこに埋まっていたビルを見つけた。挨拶しても返事をしなかったから、瓦礫の下から全身を引きずり出して尻を蹴り上げてやったら、数分遅れで再起動した。

「酔っ払いたい気分なんだ」

 ビルは頷くと何もないところに手を伸ばした。店が無事だったならそこに棚があったということなんだろう。掴むものがないってことが解ると、ビルは銃器で瓦礫を吹き飛ばした。瓦礫が退かされた床には戸がついていて、ビルはそこから秘蔵の酒瓶を取り出した。

 酒を受け取ったぼくは適当なところに腰を下ろす。人通りの消えた街並み。割られた窓ガラスが散乱し、消火栓から水が噴き出している。ゴミ箱は横転し、信号機は無意味な点滅を繰り返す。これを街と呼んでいいものか。

 ぼくがここで生きたという痕跡は跡形もなくなっていた。

「ムスタファ・ラムジが心底ぼくのことを嫌ってるってことは解った。だけど、これはやり過ぎじゃないか?」

 下水道からここまでどうやって運ばれたのか。ぼくには移動しているなんて実感はなかったけれど、これも〈キューブ〉の成せる業ってやつなんだろう。

 数日前までのぼくは、生活を一変させることよりも、ここでずっと同じ毎日を繰り返していくことの方が簡単だって思ってた。足はこの地に根付き、日々の変わり映えのなさにウンザリしながら安物のソファに寝転がり、テレビの向こうの出来事に想いを馳せて気を紛らわす。それがどうだ。全てが変わるのに、一週間も必要としなかった。

 破滅がやってくるときは、いつだって唐突だ。ぼくはそれを良く知っているはずなのに。

 ニーナたちはどうなっただろうか。気にはなるけど、ぼくがあいつらの争いに加わったところで大した活躍なんてできないし、そもそも、ぼくが下水処理場に行ったわけは……。

 中身を半分空けてから、ぼくは瓶を手にしたまま店を出ようとした。

「カイケイ……」

 ビルが喋ったのを初めて聞いたぼくは、少し腰を抜かしそうになった。決済カードを渡すと使用不可だと吐き返された。

「じゃあ、ツケで」

 店がこんな有様では、雨風も凌げない。整備をする奴だって、もうこの街を離れていることだろう。次に来たとき、ビルはまだ無事でいるんだろうか。

「マタキテ」

 曖昧になった頭で覚束ない足を動かす。どこを目指そうってことはない。誰かとすれ違ったら、酒を分けてやるつもりでいた。瓶の中身はもうほとんど残っていないけど。最後の一滴を喉に落とす。気づけばぼくは、焼け落ちた自分のアパートの前にいた。我が家の焼け跡を前に立ち尽くしていると、犬に吠えられた。

「……なんだ、お前か」

 喚いているのはドックだった。どうやって家を抜けたのかはしらないけど、戻らぬ主人を待つ根性はなかったようだ。粗方、知った匂いを辿れば飯にありつけるとでも考えたのだろう。

「やれるものなんて、もう何もないぞ」ざまあ、みろだ。「だからってぼくを食うなよ」

 ドックは何も言わず、ぼくの隣に座り込んだ。

「何もやれないんだって」

 喧騒の中で、犬の息を吐く音だけが響く。

 そのとき、ぼくはまだ気づいていなかった。ムスタファ・ラムジが破壊したのは、ぼくの生活だけではなかったってことに。

 未来どころか、友人も、財産も、最低限の生活基盤すらも奪われてぼくが途方に暮れていたそのとき、ムスタファ・ラムジは世界を崩壊させようとしていた。

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