第24話
「どうして裏切った」
ぼくの喉は震え、声は思うようにでなかったが、ジャックは聞き逃さなかった。
「何度言えば解かる。誰かを裏切ったつもりはない。初めから最後まで、おれはおれだ。何時だってな」
「ジョビーがくたばるのが、お前の望みか?」
警備ロボットの一体がぼくたちに近づいてくる。ホログラムのチャンネルが切り替わった。スタジアムで聞いたような、ブーイング。殴られ続けてリングに倒れこんだジョビー。観客の嘲笑。
「まさか」ジャックは言う。「おれが考えているのはもっとずっと先のことだ」
ぼくはジョビーが持っていたライフルを掴むと、近づいてきた警備ロボットに向かって駆け出した。ホログラムの投影機が詰め込まれている頭に、銃床を叩きつける。頭殻が歪んだ警備ロボットは目から火花を散らして煙を挙げた。周囲の警備ロボットがぼくに群がってくる。ぼくは渾身の力を振り絞ってライフルを振り回した。一体。また、一体。ぼくは警備ロボットを沈黙させていく。一体、また一体。いくら残骸を増やしたところで、ただただ虚しかった。警備ロボットはまだ何十体といるし、どれだけ倒したところで、ジョビーを撃ったジャックには、ただの一撃も届かない。
ライフルを振り回すぼくの腕は、集る警備ロボットの対処に追いつかなくなっていった。ぼくは徐々に、警備ロボットの群れに飲み込まれていく。もうどうにでもなれ。危機を脱したところで、後には逃れようのない喪失感が待っている。残りの一生をそういうものにまとわりつかれて過ごすくらいなら、何もかも、ここで終わりにしてしまうの方がいいのかもしれない。ぼくは一体でも多く道連れにしてやると腹に決めた。
「サム! 伏せて!」
ニーナに怒鳴られて、ぼくは咄嗟に身を屈めた。ぼくの頭上を水流が突き抜け、護衛ロボットの群れを薙ぎ払う。水流が通り過ぎてから身体を起こすと、ぼくは〈追手〉の身体が一瞬だけ消えかけているのを目の当たりにした。辺りを見渡す。
もしかして……。
「この期に及んでも持ち出さないとなると……。お前は本当にヘンリーから何も継いではいないみたいだな」ムスタファは〈追手〉に視線を送る。「ならばいい。余興もこれで終わりだ」
ヘンリー? ぼくが親父から何を受け継いだって?
先ほどまで〈追手〉と渡り合っていたニーナとブレットが、急に圧され始めた。あの怪物、今まで手を抜いていたってわけか。
「栄華の世界に目を眩ませた女に」ニーナからブレットに、ムスタファは視線を移す。「虚栄で飾り立てて自分を見失った男」
ムスタファは言う。「盲目な奴らに、この力は相応しくない」
「ニーナ! 光だ! 〈キューブ〉の輝き。……ホログラムだよ!」
〈追手〉が弱ったのは、決まって水蒸気に当てられたときだ。力尽くでもどうにもならない相手がどうして蒸気に限って耐性がないのか。それは、熱のせいじゃない。光を遮ったからだ。
ニーナやブレットの〈キューブ〉の力が影響を与えられるのは〈キューブ〉の輝きが届くところまで。力の性質が異なる二人の〈キューブ〉が共通の制約を抱えているってことは、それがつまり〈キューブ〉の力を行使するうえでの、根本的なルールだということ。ムスタファの持つ〈キューブ〉だけが、そういう根本的なルールを特権的に回避できるはずはない。カーチェイスのときもそうだ。〈追手〉が消えたのは、街中が停電した直後のこと。
ムスタファの肩書を思い出せ。あいつは、メディア王だ。スタジオを持っているムスタファには、自分の力を――〈キューブ〉の輝きを広範囲に拡散させられるっていう特権がある。テレビ番組だ。
先の言葉だけでは、ぼくの意図は伝わらなかったようだ。ニーナもブレットも一度はぼくを見たが、すぐに〈追手〉と向き直った。余裕がなければ、頭を回転させるのも難しいか。ホログラムを消すんだ。って言おうとして、口を開いたそのときだ。
「小僧」ムスタファがぼくを睨んだ。「余計なことに気づいたな?」
ぼくの身体が影に染まる。振り返ると、ニーナの相手をしていた〈追手〉が、ぼくに覆い被さるように迫っていた。
「サム!」
ニーナが叫ぶ。だけど、不意打ちと向かってくるその速度に、ぼくは成す術がなかった。
押し潰されるのを覚悟する。生き延びることを諦める。同じことだ。とにかく、ぼくは瞼を閉じた。事の顛末から目を逸らし、運命に身を任せたんだ。
結果を先に言ってしまえば、ぼくはミンチにならなかった。
閉じた瞼をゆっくり開くと、目の前には倒壊した無数のビルと、路面が所々抉られた大地が広がっていた。道には多くの車が乗り捨てられ、横転しているものもあれば、道沿いにできた建物の瓦礫に頭から突っ込んでいるのもある。火事か薬品事故か。空には煙が上がり、大気は酷く汚れ、屋外にいるのに、何かが焦げた臭いが充満していた。
瓦礫。残骸。砂埃を巻き上げる風。
まるで黙示録がやってきたみたいなその光景に、ぼくは度肝を抜かれたけれど、そこが他ならぬ自分の家の前の道だってことに気づいたのは、辺りを調べて数十分後のことだった。
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