第21話
ブレットに放り投げられたぼくは、ジョビーの脇を横切り、ニーナの眼前まで迫った。迫っただけ。ニーナの胸元にある〈キューブ〉が輝き、ぼくの身体は静止して、一呼吸吐いたあとに床に落ちた。
「断っておくけど、そんなものでぼくを操らなくたって、衝突は避けたいって思ってたさ。心底ね」
「躊躇わせたのはブレットの心よ」
「ブレットの頭の中弄くって、あいつの〈キューブ〉を使わせたってこと? 人間相手なら無敵だな」
暗殺者なんて警戒する必要あったのか?
「まさか。力を使う前に銃なんかで撃たれたら、それで終わり。弾はまっすぐ、わたしを貫くから。それに、力が及ぶのは光が届くところまで。目を閉じられたら、心の操作は効かない。まあ、目を閉じながら撃ったところでって、話ではあるけれど」
できないことばかりを挙げ連ねたせいってこともあるだろうが――。
「星を作り出した奴の力にしては、案外ショボいんだな」
「〈キューブ〉は力の欠片よ。身体が分断されて小さく非力になったみたいに、力の方も砕かれて弱まってるんじゃない? 憶測以上のことは言えないけど」
「……それで」ぼくは役に立たなくなった銃を捨ててジョビーを見る。こちらに駆け寄ってきている最中だった。「今までどこに行っていたんだ」
「建物内のネットワークが死んでるから、復旧しろって頼まれたのよ」
「誰に?」
「おれだよ」
スピーカーからの声。
「ジャック?」ジョビーは辺りを見渡す。「お前もいるのか?」
道すがら、散々手を貸してもらったんだ。ジャックがここに現れること自体は何の不思議もない。しかし――。
ぼくはニーナを見る。「どうして、あんたとジャックが連絡を取り合ってる?」
「それ、本気で聞いてる?」ニーナは溜め息を吐いた。「呆れた。わたしが車であなたのことを待ってたのに、内通者がいるとは考えなかったの?」
「おい、ジャック!」ジョビーは憤慨しながら喚き散らした。「お前、裏切ったのかよ!」
「裏切ってないさ」
部屋の入口、それからブレットが開けた壁の穴から、道中で見たものと同型の警備ロボットが群れを成して現れた。押し合い、圧し合い、警備ロボットは階段を上り、あるいは、通路の下に集い、ブレットを包囲する。
「おれは、何時だっておれだ」
ぼくはニーナに聞く。
「どこで知り合った?」
「クラブハウスで彼のパフォーマンスに心酔したプロデューサーが、わたしの出演するコマーシャルの演出を依頼したの」
「ビジネスパートナーってやつか」
「あなたもでしょう?」
「スタジアムを荒らしてくれたやつだな」ブレットの大声が、ぼくたちの会話を邪魔する。「しかし、こんなものでおれを仕留められるとでも?」
「元々、そんな気はないさ。足止めをする。おれの仕事はそれだけだ」
ジャックの言葉を受けて、ニーナが口を開く。
「連日起こった不審死事件は偶然じゃない。あれを起こした誰かが残りの〈キューブ〉も狙ってる。ブレット。あなただってそれに気づいてるんでしょう?」
ブレットは、ぼくを指した。「だから、そいつとそいつをけしかけたお前が――」
ジャックの笑い声がブレットの言葉を遮る。
「人に求められた姿を演じるので精一杯の女と、やれと言われたことしかできない男だぞ。こいつらに力を独占しようなんて思惑があると思うか?」
「多分、褒められてないよな」
ニーナはぼくを無視してブレットの説得を続けた。
「わたしたちが事件の犯人で、〈キューブ〉を集め回ってるんだとしたら、あなたをここまで追い込んだ時点で交渉の必要はない。こちらにはあなたを上回る戦力があるんだし、残る脅威はあなただけってことになるんだから。そうでしょう?」
「それは――」
尚も反論しようとするブレットに対し、ニーナは遂にキレた。
「そうであれば、わたしは死んだ振りをする必要もなかったし、こんなところでくどくどと話をすることもなかった。正直に言えばね、あなたの力なんか借りたくない。他人を踏み台にして、見栄を張るような人とはね。だけど、現実に脅威があるから、態々分からず屋をまとめて対抗しようとしてるの!」
「それってぼくも含まれてる?」
「当たり前でしょ!」
「だとしたら、一つ解いておかなきゃならない誤解が――」
「ちょっと、黙っていて!」
ニーナの怒声が響き、ぼくもブレットも沈黙した。ジョビーだけが「怒られてらあ」とか呑気なことを言ってる。ニーナは深呼吸してから話を再開した。
「いい? まず、ここには三つの〈キューブ〉がある。三つも、よ。……不審死事件の犯人が襲った相手の〈キューブ〉を全て回収しているんだとしたら、それでも少ないでしょうけど、一人ずつ狙われた今までの被害者たちに比べれば、状況はまだマシよ」
言いながらニーナはぼくを、それからブレットを睨んだ。
「協力さえできればね」
「三つ?」ぼくとブレットがニーナの言葉の続きを待っていると、ジャックが口を挟んだ。「一つ多いぞ」
「わたし、ブレット。それに――」
ニーナがそこまで言って、ぼくはしまったと思う。
「サム」ニーナはぼくを見る。ぼくはニーナから目を逸らす。「でしょう?」
「サム・ウィリアムズは〈キューブ〉を持ってないぞ」と、ジャック。
ぼくは青ざめる。ニーナも青ざめてる。
「どうしてそれを早く言わないの!」ニーナはぼくに言った。
「どうしてそれをここで言うんだ!」ぼくはジャックに言った。
「サム・ウィリアムズ」ニーナの胸元が青く輝く。「正直に話して」
「そんな力を使う必要はない。騙すつもりは……まあ、騙したが。……つもりはあったが、嘘は言ってない。訂正しなかっただけだ。あのときは……車から降ろされないか心配するので精一杯だったんだよ」
「アンソニーの〈キューブ〉は今どこに?」
正直に話すべきか一瞬悩んだが、嘘はニーナに見抜かれる。悪意があるって思われたら、ニーナとブレットの矛先はぼくに揃うはずだ。自分の身を挺してニーナとブレットを結託させる献身性? そんなもの、ぼくにあるわけないだろう。
「先に断っておくけど、命がかかってたことなんだ」
言い訳から始めたそのときだ。警備ロボットが一斉に目を輝かせた。ロボットの頭上に映し出されたのは数多のテレビ番組だ。トーク番組、スポーツ中継、ミュージシャンのライブ映像。
「……何のつもり? ジャック」
「こういうつもりさ」
ジャックの声と共に、どこからともなく〈追手〉が現れた。あの〈追手〉だ。岩のような肌の巨大な手。車さえ押し潰せてしまえるほどの怪力を持ったあの巨大な手が、ぼくたちの前に再び現れた。
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