第15話
ジャックの笑い声が木霊する中、会場中の人たちが空を見上げた。スポットライトが一点を指す。あれは、ぼくが見つけた星の輝き。点滅を繰り返しながら近づいてくるそれは、鳥型の回転翼機の照明だった。暴漢の乱入を危惧してたらしいブレットの護衛も、あんなものが飛んでくるなんてことは思いも寄らなかったみたいで、ただ頭上を見上げてる。
回転翼機は下腹部の装甲を展開して、格納していた砲塔を曝け出した。とんでもない大きさだ。その口径は回転翼機自体のコクピットくらいある。回転翼機は砲塔をスタジアム――ぼくたちに向けた。
「虐殺でも始める気か?」
回転翼機から放たれた砲弾は自前の推進装置を積んでいて、白煙を撒き散らしながら飛んでくる。観客が騒ぎ始め、出入口に人が集中した。しかし、砲弾はスタジアムまで到達することなく上空で爆発し、無数の何かをばら撒いた。
「ブレット・ジョーンズは、あんたたちから百ドルを集めているが、おれは違う」
ひらひらと舞いながら落ちてきたのはプラスチックのカードで、そこにはバーコードと金額が印字されていた。
「電子小切手だ。自分の端末でそのコードを読み込めば、記載されている額面が口座にチャージされる」ジャックは言う。「お一人様何回でも」
ジャックは言う。
「ただし、スキャンできるのは一枚につき一度限りだ」
出口に押かけていた人たちが、プラスチックカードに群がる。荒れる大海原みたいな人の波がスタジアム内に拡がった。我先に降ってきたカードを手に入れようと跳ねる者。隣の奴を押し退けてカードを拾う者。見境がなくなってリングに上がる者。
ジャックのヘリは更に、騒乱の会場に握り拳くらいの大きさの金属塊をバラ撒いた。金属塊は床を転がり、観客の頭にぶつかる。リングの上にも幾つか落ちてきた。ブレットが自分の頭めがけて落ちてきた金属塊を片手で受け止める。ブレットは掴んだ金属塊に何かを見つけて、中を覗き込むような仕草をした。すると、金属塊は白煙を吹き出し、ブレットの視界を遮った。
ブレットは突然浴びた煙に噎せ返る。それを黙って見ているだけでは勿体ない。ぼくはブレットの頭に拳を打ち込んだ。手応えあり。当たっただけじゃない。さっきみたいな脱力感に邪魔されることなく、渾身の一撃を食らわせた。
「いいぞ、サム!」と上空からジャックの声。
ぼくが綺麗に刺さった自分の拳に感動していると、煙の中から太い腕が飛び出してきた。ぼくは咄嗟に飛び退く。
「全く効いちゃいないがな!」と上空からジャックの声。
気づけば他の金属塊からも煙が吹き出していて、会場中が霧に包まれたみたいに辺りは真っ白だ。ブレットの次の動きを警戒していると、右手側から人影が突進してきた。ブレットはぼくの正面から動いていない。誰だ。誰にせよ、気づくのが遅かった。ぼくはその突進をかわせない。呆気なく突き飛ばされたぼくは、仰向けにされた瞬間、ブレットの拳が頭上を通り過ぎるのを見た。……助けられたってことか?
ぼくの頭上を通り過ぎたブレットの拳は、ぼくを突き飛ばした奴をリング外にぶっ飛ばした。ぼくを突き飛ばし、ブレットにぶっ飛ばされたのは……知らない顔の男だ。知らない顔の男は、拾い集めていたんだろうプラスチックカードを胸元から撒き散らしながら、人ごみの中に消えた。
あいつは観客だったのか? 観客がどうしてぼくを助ける。ぼくの足元に高額のカードでも転がっていたか?
ぼくは途中で考えるのを止めて、身を翻す。ブレットだ。ブレットのストレート。観客のことなんか、今は放っておけ。他の連中はどうでもいい。ぼくが対処しなければならないのはブレットただ一人。
そんな考えが相手に伝わって、当人を呼び寄せたとでもいうのだろうか。突如、ぼくの目の前にブレットが現れた。文字通り、突然だ。瞬間移動でもしたみたいに!
驚いたぼくは、情けない悲鳴を挙げた。すると、ブレットの姿が一瞬で消えた。なんだ、なんだ? どういうことだ? わけがわからないままぼくは後ずさる。すると、煙を破って拳が飛んできた。その一撃は闇雲に打たれたみたいで、ぼくには掠りもしなかったが、念のために更に後退した。後退しようとしたが、何かに躓いて転んでしまった。
「こいつは……」
リングのポールに設置されていた装置だ。そうか。ホログラフィだ。現れて消えたブレットの正体は、こいつが映し出した全盛期のブレット・ホログラフィ。
「使えるかもしれないな」
さっきので解かったのは、ぼくのパンチなんかじゃブレットには通用しないってことと、あいつの超常現象が何にせよ、見えていなければ効果を発揮できないってこと。ぼくは煙の中を慎重に進む。ブレットに出くわさないように。そして、プラスチックカードに目が眩んだ観客の不意打ちを喰らわないように。周囲を警戒しながら、床にも注意を向ける。……あった。あったぞ。投げ込まれた靴やゴミ。ばら撒かれたカードに紛れて、ぼくは目当てのものを見つけた。黒い数本のケーブルだ。ぼくがぶら下がっていた、あのケーブルだ。ケーブルの先端を手繰り寄せる。間近でブレットが暴れ回る音を聞きながらだから、気が気じゃない。ところで、あいつは何と戦ってんだ?
これまた見知らぬ顔の男が目の前を転がっていくのを見て、ぼくはその答えを察する。また、観客だ。ジャックが撒いたカードの額面は、ブレットにぶん殴られる恐怖さえ払拭するんだろうか。
ケーブルがピンと張る。張ったケーブルの延長を確認してからぼくは、転がっていた映写装置に括りつけた。
「なあ、ブレット!」ぼくは煙に向かって叫ぶ。「あんたもそろそろ疲れてきたんじゃないか?」
そして、ケーブルを括りつけた映写機を強く蹴飛ばした。衝撃で、映写機が発行し、煙の中に人影を浮かび上がらせる。影は両腕を広げ、ゆったりと誰かを挑発するみたいに歩く。進んでいるのは、人影の後ろでぼくが映写機を押しているからだ。
「まだ老いぼれちゃいないって」ブレットの声だ。ぼくは咄嗟に映写機から離れる。「言ってるだろうが!」
その声と共に、映写機が吹っ飛んだ。映写機は一瞬でリングアウト。括られていたケーブルがとてつもない速度で巻き取られていく。映写機に括りつけられたケーブルの反対にあるのは……ブレットが天井から引きずり降ろした照明器具だ。
引っ張られた照明器具は、ブレットの後頭部への一撃となり。無防備にそれを食らったブレットは昏倒した。ぼくは口には出さずにカウントを取る。ワン、ツー。ブレットはうつ伏せに倒れたまま。……エイト、ナイン、テン!
ノックアウトだ! ぼくは両手を天に掲げる。チャンピオンを倒したぞ。ぼくは新たな伝説になったんだ。まあ、この騒乱と煙の中では誰にも見えてないだろうけど。
〈キューブ〉をいただこうとしたそのときだ。不意に煙の中から腕が伸びてきて、ぼくの手を引っ張った。
「こっち。駐車場に車を停めてある」
華奢なその腕は、ブレットの護衛や会場のスタッフのどれとも違う。
「なんで――」ぼくは驚く。
肩より短いパステルピンクのウィッグを被り、濃いサングラスをかけているけども、その声を聞けば間違えようがない。
ニーナ・モロー。
ぼくの腕を掴んでいるのは、ニーナ・モローだった。
「なんで、あんたがここに?」
ニーナはサングラスを少し下げて、ぼくを見た。
「あなたを助けに来たわけじゃないことは確かよ」
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