第16話

「まさか、二度目のデートがあるとは思わなかった」

 レトロな見た目のオープンカーの助手席で風に吹かれながら、ぼくは大声で叫ぶ。

「こっちの台詞よ」

 ニーナは叫びながら、アクセルペダルを踏み込み続ける。

「どこに向かってる?」

 スタジアムのリングから引っ張り出されたあと、ぼくは車に乗せられて、繁華街の大通りを突き進んでる。拉致だ。拉致。ジョビーのことは気懸りだけど、スピードメーターと交通量を見たら走行中の車から飛び降りようって気にはなれない。赤信号になったら? 無理だ。ニーナは赤ランプの意味が解かっていないようで、スタジアムを出てから五つの停止信号を無視してる。

「一先ずは、あいつらがいないところ」

 サイドミラーには、受け入れ難い現実が映ってた。数え切れないくらいのパトランプの発光だ。今まで気づかなかったわけじゃない。ニーナが二つ目の信号を無視した辺りからサイレンが聞こえて、さっきから運転席のコンソールが速度超過の警告音を鳴らし続けているのを、聞こえない振りしていただけさ。

「現実を直視しなくちゃならないのは解かるけど」ぼくは溜め息を漏らす。「あんたは前を向いてくれ」

 ニーナの車内からぼくがジョビーにしてやれることは、無事を祈ることくらいみたいだ。

「死んだはずだろう?」

「本当にそう思ってた?」

「そうじゃなければいいって思ってた。……本当だ」

「媚びなきゃ撃たれるって怯えてる?」ニーナは笑う。「今更、気にしないわ。こっちは……恨まれなれてる」

 大勢の警官を引き連れ、街道を高速で走り抜けるぼくたちは街中の注目の的だ。歩道から、ビルの窓から、フラッシュが焚かれ、通りすがる車窓から野次が飛ぶ。

「ファッションモデルを真似て、最先端に追い着いたと思っていても、そんなのはただの幻想。商品を片手に試着室に入るそのときにはもう業界は、既に次のトレンドを刷る準備を始めてる」

「何の話だ」

「世の中にうんざりしてるって話。フラッシュも、広告も。世界は終わったものが蔓延ってる。例えば、スタジアムでの醜態だって明日のニュースを賑わすでしょうけど、巷で騒ぎになった頃には、あなたはそこにいないし、別の問題と向き合っている」

 経験者は実感をもって語るってやつか?

「本当に辛いのは、問題を蒸し返されることじゃない。時の流れが緩慢な世間に付き合わされることよ。三ヶ月も前に撮ったコマーシャルの裏話を聞かれたって、何時までも胸に留めておくことなんてあると思う? 一週間前は新作ブランドの発表に担ぎ出されたのに。来週は名前も覚えてないミュージシャンのミュージックビデオに出なきゃならないのに」

「だから、死人に成り済ましたってわけ?」

「死亡ニュースは、わたしを社会の柵から解き放つための魔法だった。確かにそうね。思わぬ幸運ってやつ。だけど、わたしが姿を眩ます必要があった本当の理由はそれじゃない」ニーナは言う。「わたしが死んだことになっていなければ、今頃わたしは殺されてたかもしれない」

「……それって哲学的な話?」

「ビル・クレイン、ヘンリー・ロバーツ、イアン・リース、ジェイク・コールマン、カーラ・ボイル。名前に聞き覚えは?」

「一人だけ……あるような」

「知り合い?」

「名前を知っているだけさ。そいつらが何だ?」

「ここ数週間で報道された変死者」

「連続不審死ってやつ? ニュースでやってた」ニーナは頷いた。「あんたの名前もそこに加わる予定だった?」

「その通り」

「被害妄想じゃないって断言できる理由は?」

「招待されたパーティで、一度殺されかけた」

「……ぼくのことは除いてくれ」

「わたしが知る範囲での話だけど、報道された内の三人も〈キューブ〉を持っていた」

「〈キューブ〉を狙った誰かによる暗殺?」

「偶然が重なったとは思えない」

「……殺されないために死んでたっていうのは解かった。だとしたら、なんでまた表舞台に現れた。死んでた方が都合良かっただろう」

「あなたのせいよ」ニーナは苛立たしげにハンドルを振った。「全部、あなたのせい。あなたがあんなに目立つことをしなければもっと穏便に済んだのに」ニーナは捲くし立てた。「あなたは容疑者なのよ? 自覚ある?」

「ニーナ殺しの、だろう? あんたに利用されたせいでな」

「テレビ中継をぶち壊して、無事に帰れるとでも思ったの?」

 無事に帰れなかったせいでスタジアムに連れて来られたんだって言い返したかったけど、経緯があまりにも馬鹿げているから口にするのを躊躇った。

「ぼくにはぼくの計画があるんだ。あんたには関係ないだろう」

「あるの。あなたが『事故』の詳細をべらべら誰かに話したら、わたしの死を疑う連中が現れるかもしれない」

「ぼくはあんたが――」

「ニーナよ。ニーナ・モロー」

「……ニーナは死んでたと思ってた」

「そうみたいね。だけど、警察だって〈キューブ〉の所有者を消して回ってる奴だって、きっとあなたより賢い」

「スタジアムには?」これ以上ぼくたちの振る舞いを議論しても勝てそうにないから、話を摩り替える。「スタジアムにいた理由はなんだ」

 ぼくたちは自分たちの意思とは無関係にブレットに連れて来られた。当初のプランになかったわけだから、ぼくたちがここに現れることを嗅ぎ付けて口封じに現れたなんてことはありえない。

「ニーナこそ、迂闊だったんじゃないのか? 自分からテレビの前に姿を見せるなんて」

「言ったでしょう。もっと穏便に済ませるつもりだったって。……わたしはブレット・ジョーンズに会いに来たの」

「ボクシングマニアだったとは意外だな」

「わたしを除けば、彼とあなただけが〈キューブ〉を持つ生存者よ」

 ああ、そうか。ニーナはぼくがアンソニーから奪った〈キューブ〉をまだ手放していないって考えているんだ。彼女もアンソニーの〈キューブ〉を狙っていたようだから、そうだな。確かに、ぼくが捕まったら話は面倒になる。

「わたしの『嘘』だって、いずれはバレる。自衛の手段がほしかった。協力者か……あるいは、他の〈キューブ〉か」

「警察に匿ってもらえばいい。もう手遅れだろうけど」

「それはだめ」

「〈キューブ〉が関わってるから?」

「そう。何もしなければ、死体の仲間入りよ。だから、どうにか先手を打とうとした……つもりだったけど、そこにまたもやあなたが現れた」

 ニーナはぼくに銃を向ける。

「サム。サム・ウィリアムズ。アンソニーとわたしを襲い、ブレットのところに押しかけたあなたは、一体何者なの?」

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