第30話

 ブレットが用意した重機が一斉に走り出す。円盤と棘が轟音を立てて回転し、進路上の瓦礫を砕いていく。ぼくとニーナはブレットと共に軽装甲車に乗り込んで、重機の後を追う。〈新人類〉以外の怪物が現れたことはないが、不測の事態に備えておくに越したことはない。重機はぼくたちの世界を護る要なんだから。

 スタジオの入口が見えてくると、空から無数の小型無人機が飛来した。

「広告投影機(アテンショナー)?」

 街中で暇そうにしていると、どこからともなく現れて、延々と広告を見せようとまとわりついてくるくそったれだ。あいつのせいで、自前の携帯デバイスに位置認識阻害電波発信機なるものがオプションで搭載されたり、市民団体が広告主を相手取って裁判を起こすなんてこともあった。

 飛来したアテンショナーは、重機の前に陣取ると地面に向かって青白い光を照射した。光は収束し、徐々に人の姿を象っていく。完全に人の輪郭を手に入れた光はアテンショナーの当社部品から自立して、ゆっくりと歩きだした。

「あれもムスタファの力か?」ぼくが聞くと、ブレットは「知らねえよ」と返した。

無数のアテンショナーが輝く人型を生み続け、夥しい数の発光が重機の進路に立ち塞がった。

「撃て!」

 ブレットは窓から上体を出して発砲した。ニーナもそれに従い、装甲車の機銃を掃射する。並走していた他の装甲車の乗員も発砲を始めるが、輝く人型に銃弾は通用していないみたいだ。

「アテンショナーだ」

 ぼくも窓から顔を出し、光を放出し続ける小型無人機を狙う。輝く人型は得体が知れないが、アテンショナーはただのマシンだ。銃弾に貫かれたアテンショナーは煙を挙げて地面を転がった。一機、また一機とアテンショナーを破壊していくが、次から次に在庫が飛来してきて切りがない。

 ブレットはどこかと通信を始めた。

「車内に戻れ!」

 拡声器からブレットの声が響いて数秒だ。拠点の周辺から放たれた迫撃砲の掃射がアテンショナーを一網打尽にした。しかし、輝く人型の行進は止まらない。

 止まらない。……が。

「数、減ってないか?」

 見間違いではないと思う。爆炎に近いところにいた輝く人型が消え、行軍の列が短くなっている。いるはずだ。ブレットは迫撃砲の二射目を指示した。爆炎が輝く人型を巻き込む。間違いない。数は確かに減っている。

「光だ。自分よりも強い光に当てられると、あいつらは存在を保てないんだ。迫撃砲はあとどれくらい撃てる?」

「三発だ」

 全然足りない。それに、群れの先頭はもう重機の間近まで迫っている。あれを狙って撃てば、重機を巻き込みかねない。

「重機を突っ込ませろ! 全部だ!」

「何を考えてんだ」

「焼き払えばいいんだろう? 重機に積んだ火薬で全部巻き込んでやる」

「スタジオはどうするつもりだ」

「放送を止めればいいんだ。スタジオに潜り込んで、手当たり次第機材をぶっ壊してやれ」

 重機は速度を上げ、輝く人型は重機に群がっていく。窓が割られ、ドアが毟りとられる。「今だ」というブレットの声と共に重機が爆発し、輝く人型は一掃された。

「急げ!」ブレットは言う。「アテンショナーが補充される前に、スタジオに乗り込むんだ!」

 スタジオの中は蛻の殻になっていた。撮影や放送に関わるフロアは警報装置の向こう側だが、不法侵入を咎める警備員の姿もない。

「トップモデルってフリーパスの入館証とか配られてたりするもんじゃないの?」

 ぼくたちはエレベーターの前で立ち往生している。一般開放されているフロアより上に行くには、読み取り機に入館証を通さなくちゃならないらしいのだ。

「持ってはいるけど、持ってきてはない。こんなときに必要になるなんて思わなかったもの」

 まあ、責められたことじゃないけどさ。

 ぼくとブレットは脇の階段を見て、深いため息を吐く。

「あんたは待っていても構わないぞ」

「そんなわけにはいかねえよ」

「だけど、そんな脚じゃ……」

「お前たちは先に行け。だけど、おれは待たない。自分の命がかかってるんだ。人任せにはできない」

 ぼくはニーナと顔を見合わせてから言う。

「解かったよ。だけどな。あんたが着いた頃にはもう、全部が解決してる」

「そうであってほしいよ」

 館内案内を頼りに、ぼくたちは主調整室を目指した。しかし、目的の部屋に近づくに連れ、外に現れた輝く人型が現れて、ぼくたちの道を阻む。

「何か光源は?」

「ライフルのフラッシュライトがあるけど……」光量が足りるか解からない。

「お困りのようだな」

 館内スピーカーから聞き馴染みのある声がした。巡回していた輝く人型が警戒を始める。くそっ。ジャックめ。こんなときにまで余計なことをしやがって。

「特別な力。お前も手に入れたんだろう?」

「そうだ。ニーナなら、こいつらを操れるんじゃ――」

「ニーナ・モローを頼るのは止めておけ。お前の人生だ。お前が歩けよ、サム・ウィリアムズ」ジャックは言う。「決心が着いたら、正面のドアを開けろ。そこで待ってる」

 待ってるだって? ぼくとニーナは走り出す。館内の非常報知器が鳴り出し、輝く人型がぼくたち目がけて一斉に集まってきたんだ。ニーナを先に行かせ、ぼくは追ってくる輝く人型を銃でけん制した。倒すことはできないが、衝撃で僅かな足止めはできる。

「サム! 早く!」

 ドアに辿り着いたニーナの後を追う。ニーナがドアを開け、ぼくたちは揃って飛び込む。ドアの向こうで待っている。ジャックは確かにそう言ったし、確かにその通りだ。ドアの向こうの部屋には大窓があって、ガラスの向こうにぼくの借金で買ったヘリが待ち受けていた。

 ヘリの下腹部の機関銃が回転を始めた。ぼくは咄嗟にニーナを床に押し込んで、その上に覆い被さる。ガラスが割れ、部屋にあったテーブルや椅子が砕け、砕けた壁の破片がぼくたちに降り注ぐ。機関銃の掃射が止まり、ぼくは窓の向こうと後方のドアを確認する。

「今の騒ぎで光る化け物が集まって来るぞ」

「お前のせいだろうが!」

「サム、おれは知りたいんだよ。その〈キューブ〉にお前が何を願うのか」

 機関銃の弾に圧されていた輝く人型が態勢を整え、数を増やしてぼくたちに迫ってきた。

「解からないんだよ! 使い方が!」

 この〈キューブ〉は、ぼくが何をやってもちっとも反応しない! 偽物だって疑って試しに〈ニーナ〉に渡したら、寒空の下でぼくは裸踊りをさせられたから、本物であるのは間違いないんだけど。

「生きることに飽きてなければ、無欲なんてありえない。お前は自覚してないだけだ」

「お前を殺したいほど憎んでるってことは、はっきりしてるぞ」

 ぼくはヘリのコクピットを狙ってライフルを構えた。どうせここで終わるなら、ジャックも道連れだ。

「引き金を引く前に、誰を狙っているのか、良く確かめた方がいい」

「この期に及んで命乞いか?」

「違う。良く見ろ」

「……は?」

 ぼくは思わず銃を降ろした。

「何やってんの!」

 ニーナはぼくから銃を奪って輝く人型の相手をする。

「いや、だって」ぼくはガラスが割れた窓に近づく。「なんでお前がそこにいるんだ?」

 コクピットでハンドルを握っていたのは……ジョビーだった。

「死んだんじゃないのか?」

「伏せろ!」ぼくは床に這いつくばる。「ニーナも!」

 ヘリはぼくたちに側面を向けた。開きっ放しの昇降扉には宇宙服を着たジャックが立っていて、円筒状の巨大な装置を抱えていた。

「失明したくなければ目を閉じておけよ」

 閉じた瞼越しにもそうと解かるくらい強力な発光が起こった。光に晒された人型が一斉に消滅する。しかし、他の階からかけつけた輝く人型が、通路の奥から迫ってきている。「あいつらもどうにかしてくれ」

「残念だったな。サム。同じパフォーマンスは繰り返さない主義なんだ」

「勿体つけるな」

「ここが今もまだ何不自由ない暮らしができるパラダイスだったなら、その目が焼けるまで浴びせてやるさ。だけど、今じゃ何もかもが不十分だ。こんなものを何度も焚く電力は残ってない」

 ジャックは照明装置を蹴落とした。「助かりたかったら飛び乗れ!」

「ニーナ、先に行ってくれ!」

 無事にニーナが飛び移ったのを確認して、ぼくもヘリに飛び乗ろうとした。だが、輝く人型がぼくの足を掴まれ、阻止された。ぼくはライフルで人型の頭を撃つ。もちろん、銃弾なんか通じない。ぼくは引きずられ、輝く人型の群れに連れ込まれる。ニーナがぼくの名前を呼ぶ。ライフルが奪われる。輝く人型はぼくの身ぐるみを剥ごうとした。こいつら、ぼくが〈キューブ〉を持ってるって気づいてる?

 ぼくは成す術がない。頭上を機関銃の弾が飛ぶ。ぼくの身ぐるみを剥ごうとした人型はどこかに吹き飛んだが、他の人型がぼくに馬乗りになる。ぼくは無我夢中で拳を振った、何発か人型に当たる。人型は動じない。しかし、ぼくのやけっぱちに〈キューブ〉が反応した。〈キューブ〉が青白く光り、ズボンのポケットに入っていた携帯デバイスが振動した。

「何だ?」

 振動でポケットから携帯デバイスがずり落ちた。床を転がった携帯デバイスの画面が青白く発光している。人型の群れが一斉にぼくの携帯デバイスを見た。その内の一体が携帯デバイスを拾い上げようとしたそのときだ。画面の中から輝く犬が飛び出した。

「……ドック?」と同じ犬種に見えるがドックそのものじゃない。輝く人型とそっくりな光の帯び方をしている。

「なんだこりゃ!」とジャック。

「なにこれ!」とニーナ。

「なんだ、なんだ?」とジョビー。

 輝くドックは、ぼくに馬乗りになっていた人型を蹴散らした。人型の注目がドックに向いている内にぼくは群れから逃げ出す。ぼくはヘリに向かって全力疾走した。ヘリから輝く鳥と蝙蝠が飛び出し、ぼくの脇を通り過ぎた。それに構わず、ぼくはヘリに飛び移る。

「飛ばしてくれ!」ぼくは運転席に叫ぶ。

「お、おう」ヘリは上昇を始めた。

「なんだ、今の」

「解からない。白鳥、かな。突然わたしの携帯から飛び出して……」とニーナ。

「おれの降霊装置からは蝙蝠が」とジャック。

「降霊装置?」ニーナが驚く。

「冗談だよ。こいつの話を真に受けない方がいい。それよりも、どういうことだ?」

「おれが聞きたいね。あんな化け物、自分のデバイスに仕込んだことはない」

「そうじゃなくて……いや、それもそうだけど。なんでジョビーとお前が一緒にいるんだ」

「おれが助けたからだよ」

「だってあいつは撃たれて……」

「あのままムスタファに喧嘩を売っていたら、ただじゃ済まなかっただろう? だから、眠ってもらったんだ。麻酔銃さ。殺人マシーンじゃない。あれは警備ロボットだぞ? 実弾なんか積んでるわけがない」

「頭から血だって……」

「倒れた拍子に床に打ち付けたんだろう」

「ねえ」とニーナ。「生きてる人がなんで生きてたのかなんてことよりも、さっきの動物が何なのか知りたいんだけど」

「サムの力だろうな。それは間違いない」

「何の話だ?」とジョビー。

「お前は操縦に集中しててくれ」とジャックは操縦席に叫んだ。

「人型の怪物とそっくりだったけど。現れ方とか、光り方とか」

 ジャックとニーナはぼくを見た。

「あの人型を呼び寄せたのはぼくだって思ってるのか?」

「いいや」とジャック。

「あなたがムスタファの……〈新人類〉の力を真似たんじゃないかって思ってるの」

「それも違うな」とジャックは言う。「だってほら」

 ジャックの仮称:降霊装置から、蝙蝠の群れが飛び出した。

「真似るだけなら、おれが力を使えるのは可笑しいだろう?」

「だとしたら……」

「共有、じゃないか? 光を目の当たりにしたおれたち三人が同じ力を使えるんだ。シェアしたんだよ」

「それって」とニーナ。「つまりだな」とジャック。

「他人の腹の内を詮索するのは止めてくれ」ぼくは溜息を吐く。

「解かったよ。解かった。お前が何を願ってるのかは黙っていてやる」

「どうせ解かった気になっているだけのくせに」

「ともかく、だ。再会を喜び合っている場合じゃなさそうだ」

「お前との再会なんか喜んじゃいないが……」

 ジャックの人足し指が外を向いてる。指が差すのは〈新人類〉の足だ。

「動いてる?」

「ああ。空間の亀裂は、身体を捻じ込めるくらいの大きさにまで育ったらしい」

「ジョビー!」ぼくは言う。急いで、発信装置を止めなければ。「スタジオに機関銃を撃ち込め! 手当たり次第だ!」

「待て」とジャック。「放映を止めたって手遅れだ。ムスタファの旅立ちは止められない」

「それよりも」ジャックはぼくとニーナを見た。宇宙服のバイザーの向こうではきっと笑みを浮かべているに違いない。

「おれにいい考えがある」

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