第29話

 オンボロの車、車の背面トランクいっぱいの銃火器、ぼくとニーナ、〈キューブ〉、そして、ドック。これがぼくたちのカードだ。古びたトランクケースは、飽きたドックが道中で放り捨てた。

「これで何をしろって言うんだ?」

「さあ」

「さあ?」

「まあ、解かってることもある。まずは――」

「まずは?」

「〈キューブ〉の光が届くところまで近づかなくちゃね」

 だから、ぼくたちは〈新人類〉の下に向かってる。

「まるっきり当てがないってわけでもないの」

「あまり期待しないで聞いておくけど、何だ?」

「〈新人類〉の魅了から逃れて戦っている人がいる」

「会ったのか?」

「いいえ。夜になれば解かる。〈新人類〉に向かって飛ぶ光や足元で盛大な爆発が起こったりしてるから」

「銃や爆発が効くような相手には見えないけどな」

「だけど、彼らの方が〈新人類〉についてわたしたちよりも詳しいのは確かよ。間近にいて、戦ってるんだもの」

〈新人類〉に反抗しているっていうその集団は、陽が沈むと標的をスポットライトで照らす。光線の根元を探せば、居場所を特定するのは難しいことじゃない。

 ぼくたちも戦いに来たんだって伝えると、彼らはすんなりとリーダーの下に通してくれた。

「信用し過ぎじゃないか?」

 案内の男にぼくは聞いた。

「ここに来たってことが信用に足る証さ。弾が飛び、爆発起こる最前線だぜ? 戦いと恐怖以外何もない。こんな状況になっても自分のことだけしか考えてない奴らが来ると思うか? そういう連中は今頃、廃墟でひっそりと物盗りに勤しんでるだろうさ」

 拠点の入口に立った男は大声を上げた。

「開けてくれ、新入りだ!」

 現れたリーダーとやらに、ぼくとニーナはそろって目を丸くした。

「なんであんたが……」

「どうしてって、そんなのは簡単だ。負けたままじゃいられねえだろう」

 レジスタンスを統べていたその男は、完全無欠のチャンピオン。ブレット・ジョーンズだった。

「戦いに来たっていうなら歓迎だ。過ぎたことは忘れてやるよ」

 と言われても、ぼくはブレットの微笑みを素直に信じる気にはなれなかった。

「それはまた随分な心変わりをしたもんだ。今度はどんな裏がある?」

「ねえよ。文明が崩壊し、地上から人がいなくなって、代わりにあんな化け物ができあがった。世の中の仕組みがまるで変ったんだ。数か月前の恨みを晴らすことが、この状況でどんな得になる? 弾を無駄にするくらいなら、最前線に引き摺り出して特攻させる方が有効だ」

「建設的な考え方でありがたいけど――」

「それがおれの本業だ」

 ブレットはぼくたちを作戦室に案内した。

「それにしても」ブレットは両脚にギプスを巻いて松葉杖の補助を受けている。「随分と暴れ回っていたみたいだな」

「良く言う。誰のせいだと思ってんだ」

 ぼくが呆けた顔をしていると、ブレットは「お前たちだ」と言った。

「お前たちのせいだ。思い切り殴りやがって」

「待てよ。あのときはそりゃあ手加減なんて考えてなかったけど、あの後もあんたは平気で立ち上がってたろう」

「重力を弱めてな。〈キューブ〉を奪われちまったら、このザマだ」

「そいつは、なんだか――」ぼくは小声でニーナに言う。「凄く気不味いんだけど」

「気にするな。今はどうにもならないことを考えている場合じゃない」

 ブレットは地図が拡げられているテーブルの前に立った。地図、いや設計図だ。キノコみたいな傘を被ったビルが二つ並んだような外見をしている。

「ムスタファが所有するテレビスタジオの図面だ。人を魅了し、吸収する〈キューブ〉の光を帯びた番組は、ここから世界中に発信されている。まずはここを潰して、怪物の拡大を止める」

「どうやって?」

 ブレットは窓の外を指した。「見てみろ」

 窓の外を見下ろすと、そこには円盤に無数の棘を貼りつけたみたいなドリルを構える重機が数台用意されていた。

「遠隔操作でスタジオに突っ込んだら、積み込んだ爆薬に点火する。デザイン偏重の構造が災いしたな。根元をやられたら、あのスタジオはそこから瓦解する」

「ぼくたちは何をすればいい?」

「何ができる?」

「武器はいくらか車に積んである。車の方は……正直、もう限界だろう。それと〈キュー――」

 言いかけたところで、ぼくはニーナに足を踏まれた。

「余計なことは言わなくていいの。こんなところで話したら奪い合いの始まりよ?」

「それと、何だ?」

 ぼくの代わりに、ニーナが答えた。「わたしたちも同行させて」

「初めからそのつもりだ。これが最初で最後のチャンスだ。出し惜しみはしない」

「最後ってどういうことだ?」

「ムスタファ・ラムジはあれを〈新人類〉と呼んでいた。自分の意思を頭にした新たな人類。〈前人類〉が星を生み出す存在だったという話は?」

 ぼくは頷く。「ニーナから聞いた」

「生み出すっていうのは、紙面に描くようなもんだ。絵を描くとき、道具と書き手はどこにいる?」

「紙と一緒の部屋だろう」とぼくは答えたけど、ブレットの意図する話とは違うようだ。忘れてくれ。

「どちらも紙面の外ね」

 ニーナが言って、ブレットは頷いた。

「そうだ。書き手もペンも紙の中じゃない。……これを見ろ」

 ブレットは卓上の装置を拾ってボタンを押した。天井からスクリーンが降りてきて、画像が投影された。

「二日前の上空の写真だ」

「これは……亀裂?」

 顔のない頭を持つ〈新人類〉の正面の空間が歪み、筋のような輝きが浮かんでいる。

「そうだ。この裂け目は日増しに大きくなっている」画像が切り替わる。「これが数時間前の様子だ」

 ブレットが裂け目と呼んだ空間の歪みは、〈新人類〉の頭から肩までを超える大きさにまで拡大していた。

「ムスタファ・ラムジは、吸収した大勢を連れて、裂け目の向こうに行くつもりだろう。そうなったら最後だ。ムスタファはこの宇宙をキャンバスに、世界全部を描き変える」

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