楽園の支配者たち
第19話
「どうしてニーナがついて来るんだ」
「人に運転させておいて、よくもそんなことが言えるわね」
仲間を助けたかったら、これから言う場所に来い。そう指示されたぼくは、言われた場所を目指してる。ニーナの半壊した車で。
「わたしの目的? あなたたちを止めるためよ」
「余計なお節介だ」
「良く聞いて。街のどこかには暗殺者が潜んでる。『そいつ』か『そいつら』なのかは知らないけど、ともかく、ブレットが『果たし状』って呼んだあの街中に流されたメッセージビデオを見過ごしていたはずはない」
「それがどうした」
「ブレットを倒せば片付く問題じゃないって言ってるの」
「端からあいつを倒そうなんて考えちゃいないさ。ジョビーを助けるんだ」
「ブレットを倒さずに、どうやって救い出すつもり?」
「待ち合わせ場所に着くまでには思いつくよ」
「……呆れた」
そうは言うが、ニーナはぼくを車から降ろすことも、道を引き返すこともしなかった。
「あんな奴と真っ向から挑もうとするより、現実的だろう?」
「わたしが心配しているのは、あなたたちの共倒れ。これ以上〈キューブ〉が暗殺者の手に渡ったら、ますますわたしは不利になる。だから、まずは説得させて。今はこんなことをやってる場合じゃないって解からせなきゃ」
ニーナはぼくを睨む。
「いい? どうしてもそうせざるを得ないってときまでは、暴力に頼ろうとしないで。くだらない冗談も、馬鹿げた挑発も禁止。それと……。つるむ相手は選んだ方がいい」
「何の話だ」
「あなたのお友達のこと。あなただって感じてるんじゃない? 重荷になってるって。パーティ会場でだってそう。彼だけ足が竦んでた」
「ニーナも解ってないんだな」
「何を?」
「重荷って言ったろ。解かってない連中はそう言う。あいつのことを見くびる連中は失敗の価値を解っていないから、身の程知らずにもジョビーのことを馬鹿にできるんだ。ジョビーがいつもビビっているように見えるのは、あいつが普段から自分以上の何かに挑戦しているからだ。弁えている風で自分の能力未満のことしか背負う気のない連中は、成し遂げたことしか重視しない。成果主義こそが正義だって信じてる。失敗は破滅だって。だけど、本当にそうか? 観客席に尻を乗せて、挑むことは他人任せ。担ぎ上げた誰かが栄光を掴んだのを観て感動したなんて言うが、手元を見てみろ。何も残ってない。夢の中に溺れながら、自分の人生には無関心。記憶に残ることは何もしてない。夢遊病だ」
「まるで、人類の理解者みたいに他人を語るのね」
「他人のことなんて知るか。失敗を敬えって話だ。見下すんじゃなくて。ニーナもだ。偉大な挑戦だったって素直に認めろよ。ジョビーは刻んでるぞ。他人の夢に溺れず、自分の物語を。一挙手一投足が語る価値のある物語だ」
「笑い話としてね」
「そういう連中ばかりなんだな。ニーナの周りは」
「何が?」
「失敗を馬鹿にするから、人間に敬意を払う奴らはみんな、あんたの周りから逃げ出したんだ。だから、額面や評判を指標にした世界ができあがる。……窮屈じゃないか?」
「……負け犬の考え方ね。その言い草で解かったわ。あなた、落ちぶれてダンプ地区にまで流されたんだ」
「住んでるところなんてどうでもいいだろう」
「行政区画の居住許可証。持っていたでしょう? ダンプ地区で暮らしてる人がどうやって手に入れたのかって気になってたけど、そういうことね。落伍者に役立たず。お似合いよ」
「ぼくにも解かったことがあるよ」
「何を?」
「あんたが、心底嫌な奴ってこと」
フェンスで囲まれたその施設の門は開いていた。出入口際にある監視員の駐屯室に人の気配はないけれど、施設外周や屋外施設なんかは照明で照らされているから無人ってわけでもないようだ。パラダイス地区から北に車で二時間ほどのここは、かつて街中の汚水の浄化を引き受けていた下水処理施設だった。
「ライフラインが都市に集約された今では、更にここから北にあるコンビナート専門の排水浄化施設になってる」
補足をどうも、ありがとう。
「ブレットの庭、だろう?」
「そんなところね」
ニーナは浄化前の排水用貯水槽の側に車を停めた。車から降りたぼくは後部座席のドアにもたれかかり、積まれた袋を見るようニーナを促す。
「幸い、武器は腐るほどある」
「金属だから腐らないでしょ」
「錆びるほどある。好きなものを貸してやるよ」
ニーナは袋の中から拳銃を二丁取り出した。
「慎ましくいこうなんていうのは今更だと思うけど」
「暴力は厳禁って言ったでしょ。あなたこそわたしの話、聞いてる?」
「聞いてるさ」ぼくはライフルを背負い、手榴弾を上着のポケットに詰め込む。「使わなきゃいいんだろう」
ぼくを先頭に、ぼくたちは薄暗い敷地内を歩き回って施設の一つ一つを確かめた。場所を指定したブレットは、下水処理施設に来いと言っただけで、どこで待っているとは言わなかった。迂闊なのか、あいつも細かな居場所を公にできないくらい暗殺者とやらを警戒してるってことなのか。
「あれ」とニーナが指差す先には三階建ての施設があって、消えかけのランプの下でドアが開きっ放しになっていた。そこから入れって合図だとしたら、暗殺者にも一目瞭然ではないだろうか。
「どこかで手下が見張ってるのかもね。入口を絞っておけば、監視カメラとかで立ち入る人を選別できるし」
「ぼくは暗殺者を誘き出すための撒き餌ってわけか」
「事業を台無しにされた恨みを除けば、ね。確かにブレット・ジョーンズは頭に血が上りやすい性質だけど、あれはあれで狡猾よ。長年、表舞台に立てたのは筋肉のおかげだけじゃない。彼のグローブ、見たことある? 右手と左手のそれぞれに鮫の上顎と下顎がデザインされてるの。顔の前で構えると口を閉じて、相手に迫ったらパンチ(バイト)を決める。ブレット・”シャーク”・ジョーンズ。現役の頃についたニックネームよ」
「だから怪獣退治か」
「何の話?」
「こっちの話。……たかだか、受け狙いのパフォーマンスじゃないか」
「力だけじゃ人はついてこない」
「ルックスだけでも?」
「イメージ戦略も立派な作戦よ。トップに立ったら、勝ち続けなくちゃならない。どんな手を使ってもね。堕ちたらそこまで。次がすぐにやってきて、後釜に納まるから。堕ちた方はどこまでも転がり続ける。どん底なんてない。這い上がるチャンスだってね。ただ、堕ち続けるの」ニーナは溜め息を吐いた。「だから、わたしは負けていいなんて思えない。勝ち続けられないのなら、全てが無駄になる」
ニーナなりの言い分ってやつなんだろうけど、だからって友人のことを馬鹿にされたのを許す理由にはならない。
暗い通路を進む。ニーナはさっきから携帯デバイスを手に、ぼくの後ろで何かをぶつぶつ呟いたり、「なんとかしてよ!」って声を荒げたりしてる。
「それって」ぼくはちょっと期待する。「助けを呼んでる、みたいな? シークレットサービスだっけ。そういうの」
ニーナは冷たい視線をぼくに向ける。「夢見過ぎ」
角を曲がると警備ロボットと鉢合わせした。ぼくたちは身構える。だけど、警備ロボットは投影機になっている瞳を輝かせたまま動かない。
『会場はあちら→』
映し出されているのは、看板を掲げているチアガールのホログラムだ。警備ロボットの視線は、ホログラムのスカートの中を覗こうとしているように見えた。
看板が指す方にしばらく歩くと、開けたところに出た。外で見たものよりも小さな水槽が並んでいる空間だ。水が流れる音と、得体の知れない金属音が響いてる。そこにぼくたちの足音が混じると、離れたところから声が聞こえた。
「おおい。誰かいるのか?」
ジョビーの声だ。返事をしようとしたら、ニーナの手に口を塞がれた。
「罠かもしれないでしょ」
一理ある。
「サムか?」
目敏いジョビーのおかげで、様子見するつもりが台無しだ。
簀巻きにされたジョビーは、鎖に繋がれ、水槽の上に吊るされていた。
ぼくたちを見つけたジョビーはもがきながら言う。
「ヤバいことになった!」
見れば解る。
「ロープを切られたら溺死だ!」
見れば解る。
「そんな死に方、流行ってない! それに……」
「なんだ」
「……漏れそうだ」
ぼくとニーナは溜め息を吐いた。
「丁度いい。ろ過してもらえ」
ニーナに見張りをしてもらいながら、ぼくは側の階段を上り、水槽の上に架けられた足場を通ってジョビーを降ろした。
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