第12話
「ここが連れて来たかった場所?」
ぼくとジョビーは目の前の建物を見上げた。一体、ぼくたちはどこに連れて来られたと思う? 賑やかな音楽と共に花火が打ち上がり、レーザービームが暗闇を射る。ここは――。
「〈グレイテスト・スタジアム〉だ!」
ジョビーが叫んだ。
すり鉢状の場内は、気の遠くなる量の観客席が敷き詰められ、稜線に設置された数多のスポットライトが夜空を指す。中央にあるリングの上空では、ラウンドガールのホログラムが官能的なポーズで観客を刺激している。スタジアムの上部に掲げられた超大型のメインモニタを挟むように設置された四本のスピーカーからは、歪を効かせたギターサウンドとシンガーによる低音のシャウトが響く。ジャックならこういう場所を気に入りそうだ。
「それで?」
ぼくが振り返ると、ブレットは答えた。
「折角だから生の迫力を味わえよ」
最前席に近い場所で腰かける。ぼくとジョビーを囲むようにブレットの手下が並び、ブレットはジョビーの隣。リングの上空に浮かぶスクリーンにはラウンド数と経過時間が表示されている。試合も中程ってところか。
ぼくは眉をひそめてブレットを見る。
「ファンは大事にしなくちゃならないからな」
ジョビーがぼくの肩を掴み、リングを指差す。
「ドミニク・マッコイ。この間の試合を観ただろう?」
「お前が酔い潰れてた日のことか?」
「お前がチャンスを逃した日のことだ。殿堂入りがかかった試合だ」
ジョビーはリングを照らすライトに負けないくらい、目を輝かせてる。
「新王者には名誉と賞金と、パラダイス地区の居住権が与えられる」
「それはまた、随分と大盤振る舞いだな」
ジョビーに聞いたつもりが、答えたのはブレットだった。
「それほどの偉業ということだ。まあ、手にした奴は未だ一人もいねえが」
ドミニクが拳を振り、観客席が盛り上がる。鼓膜を突くような音に、ぼくは眩暈がした。
「不甲斐ない奴ばかりさ。ここぞというところでチャンスを掴み損ねる」
「それって、興行主としての愚痴?」
「マンネリが続けば、客も飽きる。『どうせ、また』エンタメにとって大敵だ」
「対戦相手は……なんだ、あれ?」
ブレットが言う。「このおれだ」
「全盛期のブレット・ジョーンズを模したシミュレータだ」と、ジョビーが補足した。「地上に敵なし。まさに人類最強だった」
ジョビーが熱を上げる隣で、ブレットは眉を潜めた。「だった?」
「今も、あんたがナンバーワンさ」ジョビーは慌てた様子で言う。「だけど、あんた自身の中にも、歴史ってものがあるだろう?」
「衰えたって言いたいのか?」
「まさか。活躍の場が変わったって言いたかったんだ」
ドミニクが対峙している全盛期のブレットとやらは、半透明の人型のホログラムで、両腕にグローブ、それから下半身にパンツのテクスチャが貼られている。
ブレット・ホログラフィがドミニクの拳をかわし、カウンターを頬に当てた。殴られたドミニクの頬が白く発光する。巨大スクリーンに映されたドミニクを見ると、全身のいたるところに小さな装置を装着していた。
「ホログラムに殴られるとセンサーが反応して、チャンピオンのパンチを再現した衝撃が挑戦者に伝わる」
ジョビーはブレットの詰問から逃れるように、ぼくを向いた。
「センサーを覆ったら、無敵ってこと?」
「違う。ホログラムは挑戦者と観客のために対戦相手を可視化してるだけだ。リングの四隅を見ろ。信号はポールと床に埋め込まれた感圧版から飛んでる」
「それと上だ」今度はブレットだ。「リング上空の鉄筋は照明とラウンドガール(ホログラム)を光らせるためだけに組んであるんじゃない。多角的かつリアルタイムにリング上をスキャンして現実と仮想を融合してる」
ブレットが自慢げにそう語る陰で、ぼくは隣を確認した。会場(ここ)じゃブレットは誰もが放っておかないヒーローってことなんだろう。護衛も一度捕まえたぼくたちなんかよりも、興奮したファンが主人に飛びかかるんじゃないかって警戒してる。しきりに会場のどこかにいる他の護衛と通信を交わして連携をとっているようだ。ぼくは護衛の懐に手を忍ばせた。衆目の前ならバレても手荒なことはされないだろうって高を括っていたけど、そもそも護衛は自分が標的になるとは考えてなかったようだ。おかげで、護衛の拳銃は難なくぼくのズボンのポケットに収まった。
ブレットは言った。「勝ってこその人生だ」
ぼくは声を潜めて、ジョビーに聞く。
「実はブレット以上の実力に設定されてるってことは?」
「ありえない」いいか、とジョビーは続ける。「大部分の観客が求めているのは、ブレット・ジョーンズの伝説が続くこと。次に望むのは新時代の幕開けの目撃者になること。別人が頂点に立っていたら、栄光の存続も、新王者の誕生も嘘になる。ただの嘘じゃない。努力も勇気も、全てを茶番に変える嘘さ。観客は? 失笑だ。どちらにせよ、このショーを続けていくためには、マシンが演じるのはブレット・ジョーンズ以外の何者でもあってはならない」
ドミニクが拳を振り、リング上のブレット・ホログラフィが胸でそれを受け留めた。
「リングの上のブレットは殴り合いを好んだんだ。鍛え抜かれた身体には、どんな拳も通用しない。自分のパンチでは歯が立たないと思い知らされた対戦相手は戦意を喪失する。ブレットはそこに追い打ちをかけていた」
「ホログラムはそれを真似るってこと?」
「言っただろう。現役時代の再現だって。ドミニクの相手はマシンだが、あれはブレット以上でも、以下でもない」
ぼくはブレットに聞く。「自分を解説されるってどんな気分だ?」
「何も思わねえよ。昔から散々好き勝手言われてる」
悲鳴交じりの歓声が起こり、ぼくはリングに視線を戻す。倒れ伏すドミニクと、自分に挑んだ男を見下ろすブレット・ホログラフィの姿が、そこにあった。
勝負は、一瞬だった。
ドミニクがこの日のためにどれだけ汗を流してきたかは知らないが、これまでの努力も、期待していた未来も、ブレットの一撃……たった一撃が全てフイにした。
カウントが始まる。ドミニクは起き上がれないだろう。「立て!」って誰かが叫ぶ。そことは別のところからも野次が飛ぶ。金を返せ。くだらない。カウントダウン。新時代の幕開けを目の当たりにしたいって期待はどうやら、他人の夢を応援することとは違うらしい。挑戦者への誹謗は次第に増していった。
ゴングがドミニクの挑戦に止めを刺した。試合内容に納得がいかない者たちが騒ぎ出す。一部がリングに詰め寄り、スタッフに制止されながら、のた打ち回るドミニクに罵声を浴びせる。
ドミニクは血で濁った唾を吐いた。カメラがロープを超えてドミニクの顔に寄る。これが敗北者の顔。スタジアムのメインモニタに晒されたその瞳は虚ろだ。テレビ中継向けの解説者の声が聞こえる。ブレットのファイトスタイルは前世紀的。洞窟の壁画を眺めて猿みたいに興奮する観客に、文明を教えてやる。ドミニクは試合前のインタビューでそんなことを語ったらしい。そんな話を蒸し返すのは? もちろん。観客の敵意を煽るため。
脚色され、要約されたら、悪人になるのは簡単だ。彼らに見えているのは、中継解説者や記者が貼りつけたレッテルだけで、ドミニクの拳は何度もサンドバッグに打ちつけて鍛え上げられたものだってことを、想像すらしない。
ブーイングの中、ブレットが立ち上がった。リングを狙っていたスポットライトが揃って彼に向く。ブレットの手には、いつの間にかマイクが握られていた。
「不甲斐無い試合に文句があるのは、尤もだ」
ドミニクが担架に乗せられ、リングから運び出されて行く。敗者に敬意を払う者は一人もおらず、ドミニクに付き添って退場したセコンドも、肩身が狭
そうだ。
「そこで、本日集まりいただいた皆様には、もう一試合お楽しみいただきたい」
歓声が沸き、ブレットを賛美する声が繰り返された。ブレットは満足そうな笑みを浮かべ、指を鳴らす。それを合図にスタジアムのメインモニタの映像が切り替わる。ぼくとジョビーは目を見開いた。
「どういうことだ?」
メインモニタに映し出されたのは、ぼくたちの姿だったのだ。
「ここにいるのはダンプ地区で育った男たちだ。下層の下層で、安酒を浴びながら時間と日銭を食い潰している」
脚色され、要約されたら、惨めになるのは簡単だ。
「睨む。睨むか」ブレットはぼくを見て嗤う。「威勢がいい。良かった。萎縮されたら台無しだ」スタジアムのメインモニタは、ブレットがぼくを指す姿を映してる。「負け続けることに甘んじた人生ってやつは、大抵同じだ。過去を顧みず、展望もないまま、今を無意味に浪費する」ブレットは会場を見渡した。「だが、しかし」カメラがブレットの視線を追う。「今までがそうでも、これからもそうだとは限らない」
ブレットは言う。
「持たざる者にも幸運の女神が微笑むことがあるんじゃないか?」
ブレットは観客に笑顔を振り撒く。
「おれもかつては運に見放された男だった。犯罪と暴力に囲まれて育ち、周りに染まってもおかしくなかったところだったが……」ブレットは誰もいなくなったリングを指した。「おれが立ったのは、刑務所じゃなくて、ここだ」
観客席から声援が飛ぶ。
「〈グレイテスト・スタジアム〉は研鑽を重ねてきた者たちが栄光を掴み取る場だ。落ちぶれた者が大逆転を狙って博打を張りに来るような場所ではないが、ここは一つ彼らにチャンスを与えてはくれないだろうか。エキサイトする試合は、おれが直々に保証する」
ブレットはマイクを外し、直接、ぼくたちに言った。
「さあ、どっちが立つ? 栄光を掴むのは? 脚光を浴びるのは?」
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