第11話

「ブレット・ジョーンズが持つ〈キューブ〉を奪う。狙いは解かった。だけど、それがどうして怪獣退治なんだ?」

「怪獣の方は業界の間で呼ばれてる仇名のことじゃないか。ブレット・コンストラクションの始まりは解体屋だ」

 ぼくとジョビーが番犬に追い駆け回される十数時間前の、ぼくとジャックの会話だ。

「街を壊して回ったからモンスター(かいじゅう)?」

「ムスタファにしてみれば、事業を脅かされているってことの方が意味合いとしては大きいかもしれない」

「建築業が映画業界に?」

 ジャックが手に入れたブレットの屋敷の見取り図を眺めながら、ぼくはこのリビングだけで自分の家が何件収まるだろうかと考えて空しさを覚えた。

「というより、エンタメ全般を包括する立場としてだ。ブレット・ジョーンズは数年前から興行業にも手を出し始めたからな。まあ、真剣に儲けを狙うというよりは、趣味みたいなもんだが」

「侵略者ね。目障りってこと?」

「それで、お前はムスタファのために退治、するのか?」

「殺しなんかしないさ。……絶対に」

「今更そんな誓いを立ててどうなる」

「……もう少し上手くやれると思ったんだよ」

 自信過剰だと笑われるのを覚悟していた。だけど、ジャックの返事は違った。

「何をするにしても、やるのはお前だ。好きに選べばいい。だがな。生半可な選択で割を食うのは、他の誰でもない、お前自身だってことは覚えておけ」

 そう言ったジャックは、今のこの、ぼくたちの状況を知ったら何を思うだろうか。

「どうした。何が不満だ」

 ジョビーが自分のファンだと知ったブレットは随分気を良くして、ぼくたちに肉を振る舞い、夜になると大型のオープンカーでぼくたちを街に連れ出した。

「ぼくは運び屋だ。荷物になるつもりはなかった」

 夜空を見上げれば、そこに星は一つも浮かんでいない暗闇で、気だるげなニーナのホログラムが仰向けになって胸元のアクセサリーを強調してる。その真下の歩道にホログラムと同じ服装の女の背中を見つけた。車が女を追い越し、ぼくは身を乗り出す。ジョビーが「どうした」って聞く。ブレットがぼくに気づいて「知り合いか?」と続けた。

「……いいや。同じなのは格好だけだった」

「誰を探してる?」

「死人だ。お互い、あんな死に片をするとは思ってなかった」

 ぼくが知らないだけで、街中にニーナ・モローのマイナーチェンジが大勢いるんだろう。

「まるで何かを後悔している口振りだな。……殺したか?」

 責任がないとは言えない。が、「お前には関係ない」

 世の中全部が、まるでニーナの死などなかったかのように振舞っている。広告スクリーン。宣伝カー。ボイスメッセージ。そこかしこにニーナの残骸があって、至るところに彼女の成り損ないがいる。ニーナの視線、ニーナの声。ニーナ、ニーナ……。くそっ。どこにいってもニーナがいる。さっさと彼女のことを忘れてしまいたいぼくに、死者の国から蘇ったニーナが、あの手この手でぼくを責め立てているみたいだ。

「この街にいると、ずっと惨めな気分だよ。やらなきゃ良かったって後悔ばかりしてる」

 神の視点に基けば、ぼくなんていうのは注目に値しない、些末なディティールだ。だけど、ニーナは違う。ファッションを、化粧を、プロポーションを、ライフスタイルを、誰もがこぞって彼女の真似をする。だから、誰もが彼女を気にかけてるって思ってた。

 実を言うと。ぼくの中でニーナの顔と名前が一致したのは、ジャックからレクチャーを受けたときが初めてだ。それなのに、今ではぼくが一番ニーナ・モローのことを考えているんじゃないかって気がする。

 みんな一体、何に熱中していたんだ?

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