第3話
「混沌を起こせ」
コミックブックのヒーローを模したお面や、穴開きニット帽なんかは強盗界隈における一昔前のトレンドだ。ぼくたちは、警備会社の武装隊に変装する。銃なんかまともに扱えないくせに、兵士の物真似をするんだ。笑ってくれ。
ぼくたちが便所で準備を進めている間に、下階から大規模な爆発音が響いた。真暗なパーティ会場は床を揺るがす地響きを、招待客は本物の爆発だって誤解してる。
ぼくとジョビー、それからコロシモ・ファミリーの下っ端三人は、同じ格好で使い慣れないライフル銃を構える。愛好家向けに出回っている暗視ゴーグルの電源を入れを入れると、通路とその奥にパーティ会場の扉が視界に映し出された。ずっと昔の携帯ゲームの世界にいるみたいな光景。プロが使うゴーグルなら、熱感知で扉の向こうを走査して、熱源を画像化して表示してくれる機能もあるらしい。
さあ、突入作戦ごっこの始まりだ。
兵士の一人が扉を蹴飛ばす。大きな音を立てたせいで招待客の何人かが悲鳴を挙げた。会場内にいた何人かが銃を抜く。先ほど確かめた護衛の連中だ。
「××警備会社だ」扉を蹴破った兵士が社名を噛んだ。減点。「撃たれたくなかったら、伏せろ」撃たれたくなかったら、は余計だ。脅してどうする。減点。
これは演技テストだ。減算方式で、基準点を下回れば嘘がバレ、ぼくたちは護衛と後から駆けつけてくる本物の警備員によって蜂の巣にされる。
「警報の原因を確認する」
ジョビーが言う。ぼくたちはライフルのライトを付ける。
「あんたたちは落ち着いて避難するんだ」
これはぼくの台詞。
兵士もどきのメンバーたちは、通路や足元をライトで照らしながら、パーティの招待客を起こして出口に誘導していく。ぼくもその一員……と見せかけて、ライトの灯りを落とす。
避難を始めた招待客の流れに逆らい、ぼくは窓辺に向かう。月は雲に覆われ、星なんてほとんど見えない荒涼とした夜空を背に立つ影。ニーナ・モロー。
「あんたはこっちだ」
ぼくは数多の戦地を渡り歩いた傭兵を想像しながら、低く逞しい声色を作る。
ニーナは微笑む。「どこに連れて行く気?」
傭兵のエスコートだと思っているんだろう。呑気なもんだ。
「知らん。そういう指示を受けただけだ」
意味も、道義も求めない。対価に相応しい仕事だけを提供する。プロフェッショナルらしい返事だろう?
ぼくたちは他の招待客が列を作っている出入口ではなく、配膳スタッフが使う搬入口を通った。ニーナを先に進ませ、使った戸を施錠する。清掃用品。冷蔵庫。食器棚に調理器具。通りがかりに食器や調味料を倒したが気にしない。ドアノブを荒々しく捻る音。ニーナの護衛の連中だろう。ニーナの腕を引いて先を急ぐ。調理台なんかで道は入り組んでいるが、ついさっきまで配膳スタッフだったぼくは、食材搬入口の扉がどこにあるか、熟知している。
搬入用エレベータのボタンを押したところで、ぼくは安堵の溜め息を漏らした。
ニーナへの注意を逸らすために招待客の避難誘導をしていたジョビーたちも、今頃は混乱の隙を見計らって兵士の変装を解き、配膳スタッフの一員として何食わぬ顔で避難の波に紛れ込んでいるはずだ。
事前に打ち合わせしたプランではそういうことになっている。
停電通知。非常用電源の使用報告。避難案内。アナウンスは引っ切りなしに鳴っていて、イヤホンの向こうでは、ジャックがサイケな曲を流してる。
「緊張しているのね」
おまけに、ニーナ・モローはお喋りだ。くそっ。
「業務中はどんなときも油断するなと教えられた」
「戦場で?」
いいや、映画で。
エレベータは低速で降下していく。ドアの上のカウントダウンは、ぼくが腹を括るまでのタイムリミットだ。
事前に打ち合わせしたプランでは――
ここでニーナ・モローを殺すことになっている。
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