第26話夏祭り

 八月十三日合宿を終えて錦邸組みの私と佐久夜さくや早乙女さおとめさんと足立あだちくんは瀬戸せと君と多和田たわださんを見送った。


 この日の夜はたまりにたまった雑務や、翌日のお祭りに向けた準備を片づけ、冒険譚ララバイにログインをせずに就寝した。


 翌日、お盆のために使用人たちが帰省した影響もあり、いつもよりも静かな錦邸で掃除や料理をこなしている、当然オムライスを作ることになったのだが、ケチャップでモノクロームの徽章を描くことは忘れない、佐久夜さくやは、目を輝かせて食べるのが勿体ないと言ってくれていた。数分後にはきれいなお皿だけが残ったのだがそれはそれである。


 ――夏休みの宿題も終わったし、散々ビーチで……最終日は遊んだし、こんな夏休みは初めてだ、使用人になって環境が大きく変わったこともあったのだが、冒険譚ララバイを含めて皆と一緒にゲーム内でも現実でも沢山遊べていることがうれしくてたまらなかった。いろいろ考えながら細かい雑務をこなしているうちに、お祭りの集合時間が近づいていた。



◆◇◆◇

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下駄?草履?雪駄?どういえばいいのかはわからないが和風っぽい履物を履かされた、その鼻緒は桃色、浴衣も白地に桃色の花模様――さらに桃色の簪を刺し花街の妓女とはいかないが……というかそんな例えは嫌だけど、とても自分で言うのも恥ずかしいものだが可愛く仕上がっている、浴衣と装飾品の用意は十文字じゅうもんじさん、さすがに着付けは早乙女さおとめさんが担当したが、私に対しても佐久夜さくやとおなじレベルで気合を入れているように見えた、もちろん生地の材質などには差があるのかもしれないが出発前からある種の姫様気分で夢心地になっていた。


◆ 錦祭 Are You Ready?


 白地に桜の花びらの模様の浴衣の私、普通ならかざりっけはない私なのだが、簪を刺していることもあり、京都の芸者さんともいえるようなフル装備である。


 黒地に紅葉の模様でカッコイイ佐久夜さくや、花火の柄の巾着を握りしめていて、白いクマさんのストラップを付けていた。


 青地に朝顔の柄、さらにはルリムとシュブの模様のアップリケが張ってある早乙女さおとめさん……とことんあの子達がお気に入りらしい。


 バン!キュ?バン!っと白地に金魚の模様の浴衣を着た十八禁の多和田さん。


 その四人が祭り会場になっている神社の鳥居の前に集合していた。


 ――男性陣(十文字じゅうもんじさん含む)は時間ギリギリになって姿を現した。


 「待たせたか?着物なんて着るの初めてでさ、すぅすぅして落ち着かないなこれは」


 男子だもんね、スカートを履くことも普通はないし、慣れないというのも理解できた。


 「お待たせしました……」


 足立あだちくんはなぜか言葉を呑み込んだ。


 「どうしたのですか?」


 早乙女さおとめさんから問われる、それに対して口を開く。


 「いや……あの……皆さん綺麗だなっと――」


 …………!


 「ひゃ!?」

 

 あれ?リアクション私だけ?


 無表情でクマを触る佐久夜さくや、当たり前だとでも言うような早乙女さおとめさん、胸を張りすぎて視線のやり場に困る多和田さん。


 赤い顔で困っようにする足立あだち君を助けるかのように、武士か!?とでもいうように着物の似合う十文字じゅうもんじさんが助け舟を出した。


 「皆さん、お集りの様ですので錦祭、我々関係者内での通称『カーニバル』を開始いたします、旦那様宜しくお願い致します。」


 悪代官?失礼ながらそう思ってしまうかのようなおじさん、というかにしき弦十郎げんじゅうろうさんはマイクを持ち、専制した。


 「お集りの皆さん、本日は盆の入りである、我が家も故人である私の妻をこの場に招き、家族の息災を報告することにする、故人をしのびつつも、露天の喧騒や、輪踊りで我々が元気にやっているということを報告しようではないか、それでは錦祭の開会を宣言する!」


 それと同時に屋台の提灯やランタンに明かりが灯った、お囃子や櫓を中心として輪になって踊る、所謂輪踊りも子気味の良い和太鼓の音色に合わせて調子を取り始めた。


◆ 佐久夜さくやVS金魚掬い


「らっしゃい!らっしゃい!」


「お嬢さん寄っておいで!」


「焼き立てだよ!」


 屋台の間を練り歩くと当たり前のように聞こえてくる声、これもある意味では夏の風物詩である。


 早速露店を回り始めた佐久夜さくや、彼女には瀬戸せと君がエスコートしているようだ、まったくけしからん、しばらくいろんなお店を除きながら歩いていたが、ふと歩みを止めたその目の前には金魚掬いの屋台……一枚三百円で捕り放題、捕れなくても一匹はサービス、その質素な屋台に目を奪われた。


 ……錦家にはペットといえる生き物はいない、犬猫なんて何十匹飼っていても余裕そうな敷地ではあるが、そういった類の生き物は全くいなかった。


 それは佐久夜さくやは母親を亡くしていることが要因だ、命は大事なものだ、軽々しく扱ってはいけない。


 そういった気持ちがあったこともあり、佐久夜さくやは金魚掬いの屋台を素通りしようとした。


◆ 瀬戸せと君VS金魚掬い


佐久夜さくや、ちょっと待て」


 瀬戸君が佐久夜さくやを呼び捨てで立ち止まらせた、早乙女さおとめさんは少しムッとした表情だ。


「俺が捕る、俺は金魚掬いの達人なんだが……だけど俺の家には池も水槽もないんだ、それでも俺は金魚掬いがやりたいんだ、もしたくさん取れたら『預かってくれないか?』」 


 恰好を付ける瀬戸せと君、けどここは茶化すところではなく、佐久夜さくやへのその気遣いに感心していた。


瀬戸せと君!頑張ってたくさん捕ってあげて!」


 助け舟という名の後押しを、そっとしてあげた。


 ――祭りの帰路、佐久夜さくやの手には白と黒の出目金が入ったビニール袋が大切そうに握られていたらしい。


◆ 十文字じゅうもんじVSにしき弦十郎げんじゅうろう


 「旦那様!」


 「なんじゃ?十文字じゅうもんじ!」


 何やらにらみ合っている二人、普通はそんな光景になることなんてありえないのだが、なんだかんだこの二人は仲が良い、学生時代からの知り合いらしいのでそれも無理はないみたいだ。


 「佐久夜さくやお嬢様の虫は払わなくて宜しいのですか!?」


 若干声を荒げているような……


 「エンゲルベルド・フォン・カグーシャ……いや、神楽耶かぐや佐久夜さくやの自由を願っていた、公爵などという肩身の狭い立場ではなく、自分で道を切り開くことが出来るその道をな」


 「左様でございますな……」


 荒々しいやり取りが繰り広げられるような空気があったが、カグヤという名前の人が出てきたところで話は終了した。


◆ 足立あだち君VS型抜き


 失敗した型抜きの山……山……山。


 その傍らには二匹の金魚が入った袋を大事そうに抱えている佐久夜さくやがいる。


 針で少し窪みが出来た型から綺麗に絵を削り取ることが出来たら若干の特典が貰えるという出し物なのだが何十枚削っても成功はしない、あせればあせるほどすぐに削りたくなり、深く針を刺した結果として絵が真っ二つになるのがこの出し物のお約束なのである、ちなみに汚い話ではあるのだが唾などで濡らせば削ることは簡単だが、それはルールで禁止されていた。


 金魚掬いでカッコイイところを見せることが出来た瀬戸せと君ではあったのだが、細かい作業には完全にお手上げになっていた。


◆ 多和田たわだVSタコ焼き店店主


 これは戦いではない、多和田たわださんによる、たこ焼き店店主の無銭買収だ、あれ?ある意味戦いか?


 多和田たわださんはあえて注文をせずに浴衣の胸元を若干広げて谷間を露わにする、そしてそのまま特に何もしないでお店の前に立っている。


 そのまま結構な時間が経過し、その後どうなったのかはプライベートアイ2巻でお伝えしよう。


◆ 早乙女さおとめさんVS射的


 五発三百円、落とした景品を貰える射的、お祭りの射的は重しを入れていたり元からまず落とすことは不可能なサイズの景品が並んでいるのがザラなんである。


 一射で落とせないものを狙って費用対効果を上げる、それに徹した早乙女さおとめさんは他のお客さんがずらした後の的を、次々と店員に直される前に中てて落としていく。


 なに?『当てる』じゃないのかって?『当てる』はHITさせるだけで、『中てる』はクリティカルヒットだと思うとわかりやすい、とにかくだ……それだけ効果抜群な早乙女さおとめさんの遠距離攻撃を現実でも見ることが出来た、それもある意味ではアトラクションの様だった。


◆ 盆踊りと未来


 櫓を囲み、輪になって回りながら踊っている。


 一人で踊ると舞い、複数人で踊ると踊りと解釈されるらしい。


 いまみんなとゲームが出来てとても楽しい、そんな高校二年生だ、来年には進路……か。


 未だ決めかねる将来について考え、ため息をついた。


◆ 打ち上げ花火


 ――合宿の最終日には結局することはなかった花火、錦祭初日のフィナーレを知らせる打ち上げ花火が盛大に打ち上げられているなかで、私たちはコンビニで買ってきた手筒花火で楽しんでいた。


 小さい吹き出し式の花火、蛇のようにうにょうにょする花火、定番ロケット花火やシャーと時間が経つにつれて色を変えていく花火。


 祭りの喧騒上空で大きな柳が消えていくとともに。


 私の手でささやかに自己主張していた線香花火はその光を地面に堕とした。







 

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