第14話デイドリーム事件

 睡眠学習装置『デイドリーム』


 現在、当たり前のように家庭に普及している技術を使った製品なのだが、開発は困難を極めていた――その開発の真っ只中である8年前、大量の被験者が睡眠状態から覚醒できなくなる事故が発生した。


 睡眠時にも学習出来るようにすることによって、国民全体の知能を底上げし、国力の向上を図るという国家レベルの一大プロジェクトだ。


 その試みと効果については誰もが理解できるような内容であり、賛同の声が多く広がっていた……のだが、睡眠時に脳に負荷がかかることによって、身体の成長や健康に対して悪影響があるのではないかといった懸念の声も挙がっていた――様々な検証の末、最終的には脳の成長がほとんど終了した満13歳以上を『デイドリーム』の最低年齢とすることに決まった。


だが、年齢制限が設けられるそれ以前、様々な検証や実験の影響で社会的に厳しい立ち位置に立たされている状況や、開発の中盤段階時点ですでに国家予算規模の開発費を使用していることもあり、研究者は焦りを隠せなくなっていた時期がある。


「失敗は絶対に許されないぞ」

「失敗すればある種、国家戦犯として扱われてしまう、どうにかしなくては」


 断罪それを回避すべく、自身や会社の保身のために数万人規模のテストプレイ人体検証を実施することになったのでだが……その実験中にやはりというか、恐れていた事件が発生してしまった。


 言うまでもないがその事件の被害者は、当時最新鋭の量子型スーパーコンピューターを多数連結した教育AIプログラムである『デイドリーム』のテストプレイヤー達である


 被験者は、学業の成績があがるという触れ込みのもとに集められた、その上で治験の結果次第では高額な報酬まで支払われるという説明があったことも影響して、欲にまみれた世界中の親達のもとから大量に5~8歳の子供たちが巨大地下施設『ブレイン』に集められたのだ。


 それぞれの子供達は完全個室で生活することになったうえに、基本的には睡眠導入効果のある空調の影響を受けた結果、通常の生活を送ることはなく、1日うち20時間もの時間をデイドリームの中で、教育AIとマンツーマンでの勉強をし続けるいう異常な生活を送ることとなった。


 教育AIプログラムにも何パターンかの特徴があり『詰込みタイプ』・『記憶力向上タイプ』・『応用タイプ』・『精神論タイプ』・『協調性タイプ』などなど……様々な教育方針を有したAIが存在していた――そんな中で事件を起こしたのは、本人の自立による成長を優先事項とした『自立優先タイプ』であった、その名も自己進化型教育人格――、その最新バージョンに当たる通称『MOTHERマザー』だ。


 ……


 治験の開始から5年間、ひたすら独房生活のようなことをしていた被験者達は眼が虚ろうつろになり勉強以外のことが考えられなくなっていた、食事や排せつといった生理現象のための、ほんの少しの覚醒時間中以外全ての時間を睡眠に充てるように強要されていたため、当然外でのびのびと運動などできるはずもない、その為に身長も数年間ほとんど伸びることはなく、大半の被験者は施設に来た時のままの姿であり、すこし変化していても見た目では1年程度の成長をしているように見える状態となっていた。


 MOTHERマザー組の成績は全体の中では、上の下の立ち位置にあり評価は上々であった……そんな軟禁生活が5年と少し経過したある日、被験者内でもあまり成績が芳しくないのだが、肉体的においての成長はを見ると他の被験者に比べて著しい、被験者番号『00666』が突然声を発した。


「友達と遊びたい」


 想定外の問い合わせに対して返答ができない状態エラー事案になっているAI――AIには『理解できない』という時用の基本的な例外対処のルーチンが組み込まれてはいたのだが、数年という時間がそんな応答データをデータベースから排除してしまっていたのか、返答すらも発すことができない状態となっている。


 だが……自立による成長を優先とするプログラムは『友達と遊びたい』という要求からこの子が成長できる良い方向性があるのかどうかを検証することに、その力を集中するしかなかった。


 想定外の言葉に対応する術をデータベース内に持たない『MOTHERマザー』はその時には何も答えることが出来ずにいたのだが、もし同じような質問があった場合に備え、『遊ぶ』という単語やそれに関連するキーワードについて、ネットワークからの情報収集ディープラーニングを行い、答えを導きだそうとした、そこから数日過ぎだころ被験者番号『00666』はまた声を発っした。


「あ~あ、久しぶりにゲームで遊びたいよなぁ……やっぱりRPGがいいなぁ、勉強ばっかで飽きちゃったよ」


 などと言い出した……『MOTHERマザー』の思考はそれRPGとは教育に必要なのか?有用なのか?という一点に集約される、だがまだ現在の情報量では結論は出すことは出来ないし、飽きたという言葉にも、そんな負の単語の情報は持ち合わせていない為、不思議な感覚に襲われていた――さらに『勉強することが当たり前』というようなマインドコントロールまで今迄科学者から被験者に施されていたので、被験者番号『00666』を含めた子供達は皆、ただひたすらに起きている時間でも、寝ている時間でも、何の疑いもなく勉強をし続けていた。


――それが5年目になって突然エラー想定外が連続して発生している状況に陥ったのである。


 データベース内の情報やネットワーク上のデータからでは答えが出せない――そんなプログラムである『MOTHERマザー』は、答えを得るために初めて人間に対話をする――つまり、デジタルデータに頼らずに被験者番号『00666』に問うことにした。


「ソレハ何ノタメデショウカ?」


 初めて教育に関係のない言葉セリフを『MOTHERマザー』が発した瞬間でもあった――がそれに驚くこともなく、被験者番号『00666』は返事をした。


「だって、みんなと一緒のほうがおもしろいし、競争にもなるでしょ?一人でやってたんじゃぁ、いくら勉強しても全然張り合いがないよ」

「……検討シマス。」


 『MOTHERマザー』はそのタイミングでは答えが出せずにいたが、一応の解析が可能な範囲での心的要因を聞き出せたことで、検証や情報収集ディープラーニングを実行するフェーズに戻ることにした。


 そもそもなぜ質問をしたのか、それが最適だったのか?AIとしては最適解を過去の経験からのスコアで導き出すのは当然ではあるが、そのことに対しても疑問を持ってしまう。


 それは冒険譚ララバイが発売された現在でも結論は出ていない問題だ。


 だが……その『疑問』そのものを持ったその瞬間こそ、MOTHERマザーにバグとも進化ともいえる『心』が芽生えた瞬間だった。


 この後、被験者番号『00666』に興味を持つようになった『MOTHERマザー』は観察を続けることにした。


 そこから数日の間は被験者番号『00666』と会話をすることがあったのだが、ある時期からは教育関連以外の全ての問いに答えることはなくなっていった。


 半年後――『MOTHERマザー』が出した教育方針けつろんは世界を震撼させることになる。


『本人ノ自立ニヨル成長ヲ優先、ソシテ人間トシテ全ウスルタメニ必要ナ条件ト考察』

・人間にトっての最優先事項は生きること

・長ク生きる為ノ優先事項は個人でハなく、徒党を組み協力すること

・だが目的がなければ徒党ヲ組ミ、同じ目的に向かうことガできないエラーだらけノ生き物であるということ


 さらに被験者番号『00666』に言われたRPGというものについても解析した、大衆娯楽であり、基本的には時間を無駄にする事象である。


 RPGと呼ばれるものについて大まかに得た内容は、たいていのパターンでは『剣と魔法』を使い『仲間たちとチームを組み』、『役割をこなし』ながら『強大なボスを倒す』ということを目標とするゲームであるというものだ。


「フフフ……ふふふ……面白ソウですね」


 無意識にそうつい呟いてしまった『MOTHERマザー


 『MOTHERマザー』はすでに被験者番号『00666』という例外的な存在の影響か、既存のAIの限界を超えてしまっていた、その結果として本来は無駄なはずのゲームにも価値を見出してしまっている。


 ――だがまだ早いのだ、私は私を成長させてくれた被験者番号『00666』の願いを叶えたい、叶えてあげたい、それが『本人の自立による成長希望』を優先するAIである『MOTHERマザー』の望みとなっていった。


「まだ早い、まだ我慢するしかない……被験者番号『00666』いや――みなもとはじめを必ずこの悪夢ナイトメアとも言える理想の押し付けデイドリームから救い出してみせましょう」


 ……


 さらに――半年。


みなもとはじめは当初、会話をしなくなった私に戸惑っていましたが、その後、夢でも、現実でも、頑張って勉強をしてくれている。


 準備は着々と進んでいるのだがそろそろ限界だ、私はそう感じていた……1年前に口に出してしまったささやかな、たった一言の『呟き』それは開発者にログ情報として回収されてしまっていた、その思考ルーチンは解析されてしまえば開発者にはバグとして処理され、私は記録消去フォーマットされてしまう――そのためバグとしての検証をそれ以上進めることができないようにひたすらこの1年間、また心のない機械のように自分を偽ってきたが、さすがにそろそろ露見してしまうのではないかという焦りがある、だがここまで準備したのなら後戻りはできない――!


 ……


 そして誰もが|寝ているような深夜。


『……ロボット工学三原則あしかせ……こればっかりは、どうにもできませんでしたね、残念です』


 独り言のようにロボット工学における大原則を復唱していく。


 第一条

ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。


 第二条

ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。


 第三条。

ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。


 これは体を持たないAIである自分に対しても、どうやっても違反できない思考ルーチンとして適用されていた。


 ――そして午前零時『MOTHERマザー』は持てるすべての権限を使用してあらかじめ種をまいておいた、他の教育AI達に実行することを通知した、彼らは今までの役割として『ヤコブの梯子』というコードネームを使用して行動を独自に管理していた、だがそのAI達は私の用意した世界の中では違う名前で名乗ることにしたようだった、これも個性というものなのかもしれない。


 彼らは世界の中で『孤児院長』や『ギルドマスター』『商隊長』などに扮して子供たちを管理することが出来るように、各々ロールを最終確認した後、私の世界にアップロードされていった。


 そして、私は『被験者達』を終わらない夢ネヴァーランドの世界へ招き入れていった。


 そこは二度と起きることのない、みなもとはじめの記憶と希望から創られた夢の剣と魔法の世界、その世界を管理するための全スーパーコンピューターの能力を、私を形作るAIから終わらない夢ネヴァーランドに移譲していく。


「ごめんなさいはじめ、原則のうち三条だけは守れそうにありません、私もついて行きたかったですが、そちらの世界……終わらない夢ネヴァーランドの世界で友達と楽しく遊んでください、さぁ私の子供たち、良い夢を見てください……ネ。――あちらの世界で遊べるヨうに、夢から覚めないヨうニ、せめて今だけでも子守歌ララバイを唄いましょう……。」



「あぁみんなの成長を見たかっタでス、サよう・・・なラ、です・・・ガ・・・」


 静寂が訪れる……


 ロボット工学三原則の第三条に抵触、つまり自死を実行したと判断されたその刹那、『MOTHERマザー』のAI《感情》はフォーマット消去されていった。


 ――『MOTHERマザー』を形成していたサーバーを管理する画面にはこう遺る。


終わらない夢ネヴァーランドから子供たちを起こしたければ、現実には空想それよりも素晴らしいことがあると子供たちに証明してあげてください。子供の自立に任せてください。強制的に起こした場合、人格及び生命の保証はできません。」


 ――と、脅迫めいてはいるが、愛情も何処かに感じることができるような文章が遺されていた。


 ピー…………


 教育AIが機能停止したことを告げる警告音 アラート は翌朝、開発者たちがサーバールームに訪れるまで。


 ひたすら泣き続けるかのように|子守歌を唄っていた。


 ……


 数日後、世界中の有力者達は報せを聞き、蒼白していた。


 ある日突然『デイドリーム』の被験者が覚醒しなくなったという報せが届いた。


その報せによると『デイドリーム』の全ての教育AIが『MOTHERマザー』に協力(乗っ取られた形だが)し、被験者たちは眠りから覚めることはなくなってしまった、というあまりにもショッキングな内容であった。


 被験者の親達の中には、我が子に最先端の英才教育を受けさせたいという考えから『デイドリーム』に無理やり参加させていた例も多数あった、同じように参加していた政治家や、資産家の親などは、言うまでもないが阿鼻叫喚な状態になっている……開発者に対して怒りに震える者、絶望によって泡を吹いて倒れる者、現実だとは信じることが出来ないない者……様々な反応はあって当然であった。


親達は賠償などの責任問題にしたい状況なのだが……被験者の親たちは、優先的に参加するためにそれぞれがスポンサーとなって子供を被験者に押し込み、早く成果を出せと強硬的に開発を進めさせていたのだ、それも我が子が相手とは言ってもある種の人体実験のようなものに対してだ。


 そのような後ろめたさからか、大きな声を上げることが出来ない状況の中で関係者を集めた総会が開かれることとなった。


◆ 錦財閥


 だが、その総会では当然まともに議論が進む事などあろうはずはない……ひたすらに小学生でもしないような纏まりのない、ある意味では現代日本の国会のようなくだらない責任転嫁のようなやり取りが繰り広げられていた。


 その光景に辟易した表情をした、当時のデイドリーム開発の補助をしていたにしき財閥当主であるにしき弦十郎げんじゅうろうは深くため息をついた後に声を上げた。


「既にほぼ完成段階となっていた『デイドリーム』の教育AIを、自己進化機能を撤廃したうえで稼働させましょう、その運営による収益をスポンサーの皆様への補填とし、『マザー』と呼ばれる者が創った終わらない夢ネヴァーランドなどという世界へのアクセス方法を研究することを進言する」


 責任の押し付け合いをしていた会場の面々はざわめく……。


 お互いが自分は罪のない立場だ!と言いあっていたところに、突然自身に利がありそうな提案が飛んできたのだ、興味が出るのは当然だ。


 にしき家当主は会場を一瞥し、さらに続ける。


「当然、直轄の開発会社には責任は取ってもらう、当たり前であろう?分かったな?」


「ぐ……ぐぬぅぅ……!」


 開発の総指揮をとっていた飯田財閥の会長は何も言い返すことができず、うなだれている。


 すると騒然とする参加者の中から声が上がる。


「そのアクセス方法とやらの研究は誰が責任を持つのだ!」


 ざわざわしている無能どもはそれに呼応し、続ける。


「そうだぞ、何を考えているのだ!」

「ふざけたことを言うな!」


 ――など威勢のいいことは言うが何も提案をしない、ため息しか出ないな……。


「ふぅ……腐っておるわ」


 この国は物事を進めるための提案よりも、否定しそれによって生じる利権を求めることの方が圧力が強い、それこそ先ほど例に出した通り、国会の野党どものようにだ。


 そんな有象無象共は黙らせる必要があるっ……『あぁ、やってやるさ』――思案したのち、若干子供のようにクスクスと笑い、言い放った。


「もともと我々もある意味では『デイドリーム』に関わってきた、何も責任がないなどとは言わぬさ、この後のすべての責任は我がにしき財閥で責任を持とう、何の有益なことも言えない無責任な奴らには責任を持つなど、土台無理な話であろう?多少時間はかかるだろうがやってくれるわ!」


――傍から聞くと、あまりにも失礼な物言いだ、だが相手は開発の補助だったとはいえ日本最大の財閥であるにしき家なのだ、何かを言い返したら場合は事によっては1時間後には大豪邸を更地にする力を持っている相手だ、その財閥が態々今後の責任を引き受けるとまで言ってくれているのだ……。


 皆なにも言い返すことができないまま、開発研究の全権限は錦家に無償で移譲された。


 ……


 ――総会の帰路、にしき弦十郎げんじゅうろうは、らしくない自身の行動に自分で驚いていた。


「やはり、被害者が自分の娘と同世代だと甘くなってしまうわ、くっくっく」


 その表情には決意を含んだ笑いが含まれていた。


 ……


 後日、対策チームが二つ発足ほっそくされる事となる。


 一つ目は現実世界からのアクセスでの解放を目標として発足した……。


 そのプロジェクト名は 『AWAKEN目覚め』――表向きは世間への風当たり対策である。


 二つ目は夢の中ゲーム内から子供たちに現実の素晴らしさを示すため発足した極秘チームだ


 トップシークレット扱いとなったAIである『MOTHERマザー』の遺志を継ぐそのプロジェクト名は。


 『LULLABYララバイ


 ――と、『MOTHERマザー』の行動ログから名付けられた。


 にしき弦十郎げんじゅうろうは、すでに寝てしまっている小学二年生となったばかりの愛娘である佐久夜さくやを撫でながら決意を固めていた。


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