第12話化学の力ってすごい

◆ マチルダのターン(名探偵の胎動)


 魔法使いのロールを志望しているマチルダさんは、まだ魔法スクロールを入手していないので当然魔法は使えない、その状態でどうやって戦うつもりなのかは分からないが、やたらと自信がありそうな雰囲気を醸し出していたので私だけでなく皆も興味があるようで、早くモンスター出て来いと言っていた。


 疑問を抱きつつも、先に見えてきた村へと歩みを止めずに進んでいくと、村まであとわずか、そんな位置でパーティの前に立ちはだかる影が現れた、それはグラトニーエイプ(空腹の猿)……その集団だ。


 対峙した瞬間にはバトルは始まっていた、マチルダさんはエイプの集団の中央に突撃して行った……思いきや、なぜかエイプの攻撃を受けることも無く、次々とエイプたちの隙間をすり抜けていき、気が付いた時にはエイプの集団の外まで駆け抜けていた。


確かにエイプは爪をマチルダさんに向かい振り下ろしていたのだけど、そのマチルダさんは既に集団を離れて一息をつく――そしてエイプは特に外傷も無い様なのだが、バタバタと倒れていった。


 サクヤのバトルでも不思議なことはあったんだけどサクヤの時には敵に目に見えた変化があった……だけど今回は気が付いたら敵を無力化していたように感じた。


 そんなこと、現状のこのゲームで可能な事なのであろうか?


だって魔法・・はまだ覚えていないんだよ?それが敵をすり抜けたと思った次は、バタバタとエイプが倒れていくのだ、不思議で仕方がないよ。


「おーーーい!、たわ……じゃなくて、マチルダ!それ、どうやってるんだ?」


 我慢できなくなったタツ君が大きな声で問いかける。


「私、化学部なんだけどわからない?『魔法』が大好物ってことには否定しないけど、私がいるのはオカルト研究部じゃないんだよ?」


「はぁ……?なんだそりゃ?俺の選択授業は生物だから、そんなん言われても分かんねぇよ」


「……サスペンスドラマ見たことはない?後ろからハンカチを口に当てたらどうなるか……そんな感じなんだけど」


 じゃじゃじゃじゃ!じゃじゃじゃじゃ!じゃーじゃーーん!のような変な効果音が脳内再生される……私はわかった、めちゃくちゃ定番なサイエンスミステリーのアレだよね。


「はぁ?知らねーよ、俺は戦隊ものくらいしかテレビは観てねーんだよ!」


 ……おぉぉぅ、高校生にもなってそんな人がいるのかい!これはあかんな、さっさと話を進めてもらったほうがよさそうだよ。


「マチルダさ~~ん、タツ君おバカだから、説明しても多分わからないと思うからさ、とりあえず聞いたことのありそうな単語を教えてあげてもらえるかな?」


 その言葉にマジかよ?!っていうような顔になって引きつってはいたが――探偵ものの主人公かのように、偉そうな雰囲気で語り始めた。


「犯人(自分)は、犯行の時にクロロホルム(CHCl3)を使用しました、その成分が生物に作用すると、睡眠効果……ではなく、致死に近い症状によって麻酔効果が発生するために鎮静化させることが出来ます……実はクロロホルムには睡眠効果があるわけでは無いのです。言葉の響きがいいからなのか分かりませんが、某サスペンスドラマ等で使われているせいで有名になってしまっただけなのです。ちなみに私は今回嗅がせるのではなくはなく、スキル『ショートトランス(短距離物質転送)』であらかじめ持っていた素材と近くにあった素材とを、別々に体内に『こそっと』転移させてから混ぜた、という感じです――私に襲ってくるなんて、あの猿どもには百万年早いですね、素材のうちで塩(Cl)だけは近くには無かったので、冒険中に野営するかと思いてすこしだけアイテムボックスに入れておいた物を使いました……混ぜた時に使ったスキルは『錬金術』っていうスキルの効果です、電荷とか分子構成をねるねるするだけの単純なスキルですが、使い方次第では効果抜群です」


 あぁ……マチルダさん思ったより饒舌だったわ……私の想像とちょっと違っていた、てか、そうだったのか……クロロホルムって即効性で寝かせる効果の物だと思ってたんだけど、違ってたんだねぇ……テレビ用に過剰演出だったのかorz……地味にそっちのほうが驚きだよ!


 謎解きをドヤ顔で終わらせた魔法要素皆無な化学探偵マチルダは……なんか『ショートトランス』とか言ってたな、面白そうななスキルだね――そんなマチルダさんは私たちの足元に転がるグラトニーエイプに止めを刺しに近づいて行った。


 マチルダさんは、トドメだとばかりに口や鼻から一酸化炭素(CO )を流し込み、いわゆる一酸化炭素中毒で窒息させるという、鬼畜な終わらせ方をした、意識が無くなっていたおかげでB級ホラーのような光景を見ることがなかったのが、せめてもの救いだと思う。


 容赦のない姿に若干引いた――マチルダさん怖いよ!


 仕事を終えて笑っている彼女は、まるで魔女かのように「お~~ほっほっほ」と高笑いしているようだった。


◆ セツナのターン


 ついに千両役者の登場だ!待っていたかな?


 ……。


 って思っただろ?残念だったな!もう村に着いたよ!


 だってマチルダさんのバトルを見ていた段階で、村は数百メートル程度の距離になっていたもんね!――そんな短期間ではさすがにモンスターも盗賊も出ては来ないよ、ご都合通りいかないよそりゃ。


 ……ということで私たちは『ヴァジェッタの村』に到着し今晩はここでログアウトすることとなった。


この村は、狩りで肉を得て、その他の牙や毛皮といった素材を交易品として魔導都市セントラルや、マジリハの町への行商人に売って生計を立て、その金で野菜や雑穀を主とした食材を購入何とか賄っていくという、若干貧しい村のようであった――村の人たちの視線は温かいものではなかった、宿屋の主人という人当たりが良くなくてはこなせなさそうな職の人であっても。


「あぁん?6人か、大部屋でよけりゃ止めてやれるが、何も出せないぜ」


 というぶっきらぼうなやり取りをする程度だった、そんな村の様子に若干の不安を感じながら、アイテムボックスに入れるまでもないような荷物を宿の部屋に置いた後、パーティメンバーは各自自由に散策をすることになった。


 村長の家の入り口では、なにやら男が数人で立ち話をしている……次に肉屋だが、商品は何も置いていないようだ、八百屋など野菜や穀物の売り場でも、まともな食べ物はほぼ流通しておらず、ごく一部の根菜類程度しか置かれてはいなかった。


 その他には、宿場町としての体裁を保つかのようにうまやがある程度で、村は驚くほどに閑散としてしまっていた……う~ん、これでも宿場村(街)?


街をつなぐ交易の中間点となる場所であればもう少し活気があってもいいと思う、なのに物が無すぎるし、商人も少ないのだ。


 そんな村の端っこには孤児院があるが、このような村では養っていくことは厳しいだろう……ここで預かるくらいなら、マジリハや魔法都市セントラルに送った方がいいのは明らかだと思う。


「なんでこんな村作ったんだろ開発の人」


 思わず、そんな独り言を漏らしてしまった、そう呟いた傍らに、男の子がふらつきながら歩いて来た。


「お…ぇちゃん、あ…お……う?」


 なんて言ってるんだ?5歳くらいはあるように見えるけど、あまりにたどたどしいしゃべり方だ……迷子設定のNPCか?プレイヤーは規約によって13歳以上と決められていた――なのでプレイヤーではなさそうだ。


「ぼく?大丈夫?一人?」

「うん?」


 とりあえずはさっきの孤児院に連れて行って、保護してもらうしかないな。


「とりあえず、お友達がいそうなところに行こうか?一緒に来れるかな?」

「そ…こ、たのし……い?」


「?うん、そうだね……たぶんお友達がいると思うから一緒に遊べると思うよ」


 迷子の子を迷子センターに届ける感じで、心配をさせないように話しかけながら孤児院に到着した。


 この孤児院とは深い縁になるとはこの時には知る由もなかった。


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