第8話妄想は力なり

 ざわざわ……ざわざわ……


 ここは、冒険譚ララバイを運営しているサーバーが管理されているデータセンターの一角である。


 そのなかで、一部の機材がエラーを起こしてしまい、その復旧のために担当者や責任者が必死に復旧作業を進めていた。


「パーツの交換はどうなっている!」


「くっ……この回路は完全に焼けてしまっているか」


「こっちも人を回してくれーー!」


 おびただしい人数がせわしなく走りまわっている……その原因となったのは『雷』である。


 データセンターなので避雷針などサージ設備は当然のように設置してあったのだが、電気の供給を行っている変電装置付近に連続して雷が落ちるという異常事態の結果――本来ならそれでも機材を守るために設置されていた雷対策装置(SPD)までもが焼けてしまい、その結果として過電流がサーバーまで到達してしまったようである。


「くっそ!なんなんだよ!『カタトゥンボの雷』でもあるまいし!」


「だが幸いだったのはこれがユーザーデータではなく、システムサーバーだったということだな、ユーザーデータが消えていたとした場合、補填が大変なことになっていたぞ」


「そうだな、ユーザーデータは複数拠点でバックアップを取っているから助かった」


 ……その後も、あわただしい作業に大勢が狩りだされ、復旧作業が急ピッチで行われた結果……冒険譚ララバイの復旧はなんとか夜、つまり日本時間でのピーク時間までには、その復旧を終了していた。


 ――昼間の喧騒が嘘だったかのように静けさを取り戻したデータセンターの一室で若手の職員は呟いた。


「何事も起きなければいいけどな……」


 ……


 ――夏休み3日目(7月23日)


「あれ~~?なんか冒険譚ララバイの公式ホームページに『機材不良のため緊急設備メンテナンス中です』っとかなんとかでてるよー?」


 その多和田たわださんの声に全員がガバッ!反応した、それはそうだろう……せっかくの夏休みの合宿なのに、実は2日間連続でゲームにログインすることが出来なかったのだ、その為みんな今日こそは!と夜を楽しみにしていた。


「まじかよ、夜までに復旧してるといいんだけどな」

「うん、そうだよね」

「ホントホント!そうよねー」

「まったくだわ、お父さん何やってるのかしら」


 ん?お父さん?私以外の皆も佐久夜さくやに目を向けた。


「え?そうか……まだ説明してなかったかもしれないわね……私のお父さん、というかにしき財閥は冒険譚ララバイの筆頭スポンサーで、開発会社の親会社の親会社を持っているのよ――そういう伝手もあって十文字じゅうもんじは強権というかコネを使ってお父さんと一緒にベータ版のころからテストプレイをしていて、ゲーム経験が豊富なの、だから不具合はあのお父さんのせいってことでいいでしょ?合宿から帰ったら無視の刑確定だわ」


 ほへぇ、財閥ってなると話のスケールが大きい、大きすぎる、ビックバンなのである。


 ……


 話は戻り、合宿初日。


 荷物を部屋に置き、リビングに集まった私たちに、十文字じゅうもんじさんが声をかけてきた。


「それではお嬢様がた、それに早乙女さおとめも、あちらのお部屋へどうぞ」


「なんだ?知ってるか?」

「わからないよ」


 意味ありげに私たちを案内する十文字じゅうもんじさん、とにかく後を追い、襖を開け……なんだここは?


純和風で半畳くらいに区切られた畳スペースがある、枕?いや違うな……これはクッションか?


「こちらのクッションのような物は座蒲ざふという物でございます」


 いやいや……だからそれは何!?


「それでは、皆様には座禅・・をして頂きます」


「ちょ」

「え」

「なん?!」

「・・・。」


「「「「いやいやいやいやいや」」」」


おや?なんで佐久夜さくやは反応しないの?――って、あぁ……横向いた、こうなるって知ってたな。


冒険譚ララバイの体験とはもちろん夢の中の出来事でございます、ですが冒険譚ララバイの中でも基本的には現実世界を基準とした身体能力の限界程度にしか動けなかったのではないでしょうか?もちろん、皆さまはレベルやステータスが上がったことによって、ある程度はゲーム内での補正が働き、通常以上の動きもできるようにもなってきたかと思います」


 ……思い返してみるとそうだね、――私は特に、速度に関してはステータス値は高いのだから、大分速くなっているんじゃない?的なノリが手伝って、驚異的な速度でクエスト無双をしていたし、皆もその効果を体験からか納得して頷いているようだった


「ですが、それではまだ本来のステータスを使いこなせてはおりません、本当ならば私はもっと力強いはずだ、もっと賢いはずだ、もっと速く走れるはずなのだと……そう思い込みイメージを定着させることで、現実では実現なしえない、夢の中だからこそできる極限状態の初期段階である『イマジネーションハイ』という状態になることができるのです――皆さんも聞いたことがあるのではないですか?人間は肉体を守るために30%までしか、その能力を使えていないということを……夢の中であれば、そのような制限はただの『枷』でしかないのでございます」


 つまり、私はスーパーマンだぜ!って『妄想』したら強くなるってことなのか?


 『くっ右目が疼くぜ』とか言ったら能力者にでもなれるのかな……。


「もちろん、直ぐには信じられないでしょう、ではなぜ私は老体にも関わらず皆さまよりも……おっとセツナ様はステータス的に異常であり……例外ですが、何故私は皆様よりも高ランクのモンスターと戦えるのでしょうか?レベルアップでの能力向上は通常微々たるものだということは既にご存じのはずです」


「だけどなぁ」

「けどやっぱり」

「やっぱりそうだったんですね!!!」


 ふぇ?多和田たわださん!?


「毒……じゃなくて、どうやったら凄い薬を作れるかを冒険譚ララバイの中で試してたんだけど、ゲーム内でみつけた本を読んで、その通りにしただけじゃ薬の効果は本に書いてある通りか、それには届かないくらいだったのよ――だけど、よくあるアニメとかの『魔女のおばあさん』っていうか、大きい釜でぐつぐつ謎の秘薬を生み出すように想像して、なり切ってみたんだけど」


 ネルネルしたんですね、毒薬って言いかけたよね。


「そうしたら、いままでは品質が『通常』か『劣化』くらいだったのが、いきなり『最高品質』になったのよ」


 とっても眼をキラキラと輝かせて説明してくれた……。


「確かに多和田たわだ様の例は多少痛々しい事この上ないのですが、思い込みが大事というのは確かなのです、そもそもこのゲームはロールプレイングゲームであり、役になりきることが重要なのでございます、決定的なのは私はベータ時代にこの『イマジネーションハイ』のデバッグをひそかに旦那様より仰せつかり、その効果を体感する栄誉を頂戴し、効果アリとのお墨付きを出させて頂きました。」


 ここまで話を聞くと疑う余地もない気がするね……(若干一名痛々しいって言葉に反応していたが)


とにかく、そんなこんなで上手く丸め込まれ、座禅を組むことになってしまった……だがみんな座禅なんかしたことはないし、足が綺麗に組めないよ!


 本来の座禅は全跏趺坐ぜんかふざ(もしくは結跏趺坐けっかふざとか言うらしい)という両足首を太ももの上に上げて組む座り方だったらしいのだが私のミスリル級に硬い足は半跏趺坐はんかふざという片足だけ上げるタイプ、オリハルコン級の多和田たわださんは……最終手段の胡坐あぐらかよ!


 さすがにそれはちがうやん!


※宗派によって名称、所作など違いがあるのでそれが正しいと決めつけないように注意です


 ……で!超人になったつもりで妄想したり、魔法少女の妄想をしたり、イケメンに囲まれる妄想をしたり、お金の山に飛び込む妄想をしたり、私の体の特定部分の丘が大きくなる妄想もしたし!……あれ?座禅って妄想していいんだっけ……?


 でもそんなの関係ねぇぇぇ!と、妄想を続けるが、薄目を開き身動きが取れないこの状況……睡魔をレジストする術は、今の私にはないのだ、すやぁ……。


 ばちーん!


おうっ!?


榊原さかきばら様、駄目でございます」


 舟をこぎそうになったそのとき!必殺十文字じゅうもんじブレード!もとい、警策きょうさくとかいう木の長い棒で肩をたたかれたよ……暴力反対!


ものすごく退屈な時間のなか、全員夢の国へまっしぐらだったのだけど、次の言葉で必死になった。


「次寝たら、もし冒険譚ララバイが復旧していても、夜ログインさせません寝れないですよ?」


 ひどい!化けて出てやるぞ、こんちきせう!


――くっ、しょうがないな!私の妄想力を見せてやる!いやっ、見れないけどね!


 ヨーガ・スートラーーー!!!


……


「お疲れ様でした、リビングにお食事昼食を用意させておりますので遅れないようにお越しくださいませ。」


 そう言って初心者にいきなり2時間も座禅をさせた鬼畜はスタスタと禅堂座禅してた部屋を出て行きやがってくれたのだが、何とか寝ないで乗り切ることに成功した……が。


「「「「「「足が動かないで……!」」」」」」


 なんとか組んだ足を崩し、立ち上がろうとする……ぐうぉぉっぉぉおおお!


「「「「「「無理(やばい)(だ)(です)(でございますぅ)!」」」」」」


 だって、まったく足の感覚がないんだもん(泣)……しばらく生まれたての小鹿のようにプルプル震えつつ何とか立ち上がる、ようやくリビングで食卓にたどり着いたその時には、せっかくのランチは冷えてしまっていた。


 ――すでにランチを終え、優雅に紅茶を嗜む十文字じゅうもんじさんからトドメを刺される。


「明日から午前中は毎日です」


 の一言に、みな茫然としていた。


◆ ???


 冒険譚ララバイの中

誰も知らない場所

何時だったのかもわからない


……

ザザ……ザ、ザザザザ……

ゴ――ゴ…ゴ…


……


「コ……、コハ……?ボ…ク……ワ……タシ……オレ、ア……ソボウ」


 ……


 冒険譚ララバイに想定外の存在である『バグ』が生れ落ちていたことを、プレイヤー達はもちろん、製作関係者達もまた、まだ知る由もない。


 夢の世界の無限化と思える世界のログにも残らない残滓と言える産声は電子の海へと消えた。


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