③
「えっと、ごめん。もう1回言ってもらって良い?」
僕がそう返したのは、上原さんの言ったことがうまく聞き取れなかったからではなかった。しかしそんなことを知る由もなく、彼女は続ける。
「だからね、松本くん。ほら、1組の」
「……」
「あれ、もしかして知らない?」
彼女に恋の悩みを打ち明けられるようになって以来、僕は色々なやつのことを調べてきたし、その過程で対象だけでなくその周辺の人間関係に関する情報が入ってくることも多かった。だから、彼女の言う"松本くん"、つまり松本浩志のことも当然よく知っている。
彼の所属する部活や委員会といった基本的なことから、その中での立ち位置に周囲からの評判などについてもなんとなく把握している。……それから、彼が上原さんに対して少なからず好意を抱いている、ということも。
「いや、そうじゃないんだけど、なんか意外だなって」
「そうかな?」
「なんというか、もっと活発なタイプが好みだと思ってた」
今まで上原さんが好きになってきた相手たち――例えばサッカー部の清水やバスケ部の小暮など――が運動部が得意で容姿の良い、典型的なリア充といった感じだった。対して松本は人当たりの良さと温厚な性格で周囲から好かれてはいるものの、運動も勉強も人並みである。なのになぜ彼を好きになったのだろうか?そんな僕の疑問に、彼女が答える。
「松本くんってね、すごく優しいの。この間の委員会の時も……」
要約すると、委員会の仕事で一緒になった際に自分の分の仕事まで手伝ってくれたりちょっとした相談を親身になって聞いてくれたりしたのを見て、松本の人柄に惹かれた、ということらしい。
それなら僕に振り向いてくれたって良いのに。なんて思いはするものの、口にはしない。代わりに出てきたのは、極めてありきたりな反応だった。
「ふーん、なるほどね」
何度も何度も繰り返していれば、当然こういう状況が訪れることもあるのはわかっているが、実際に直面するのはやはり辛いものがある。僕の胸を再び刺すような痛みが貫く。それも、先程より強く。
「それでね、稲葉くんにお願いがあるの」
「あぁ、わかってるよ」
しかしそのような状況でも、僕のすることは変わらない。
痛みと引き換えに彼女と触れ合う機会を得る道を選んだのは他でもない僕自身だ。だから、今回も僕は繰り返す。例えそれが、ひとつの恋を自らの手で終わらせることと同義であっても。小さく息を吸い、そして吐き出す。
「あのね、上原さん。彼は――」
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