②
「私ね、実はいま好きな人がいるの」
彼女にこう告げられるのはもう何度目だろうか?胸をチクリと刺す痛みを右から左に受け流しながら、僕は通算N回に渡るやりとりに思いを馳せる。脳裏に浮かぶいくつかの場面。その中でも特に鮮明な映像は、初めて彼女に呼び出された時のものだった。
※※※
あの日、僕はこれまでにない程に舞い上がっていた。入学当初に一目惚れして以来ずっと片想いしていた相手の名前で"放課後ふたりきりで会いたい"と書かれた手紙が机に放り込まれていたのだから無理もない。
鼓動が高鳴るのを感じつつ、指定された空き教室のドアに手をかける。すると、そこには確かに上原さんがいた。
「あっ、稲葉くん。来てくれたんだ」
こちらに気付いた彼女は、うっすら白い息を吐きながら柔らかな笑みをこちらに向けてくる。窓から差し込む西日に照らされたその姿は、前に美術の教科書に載っていた宗教画に似ているようにも見えた。
「そ、それで、一体何の用事?」
緊張でところどころ声をうわずらせながらも、単刀直入に尋ねる。と言っても、なんとなくこの後の事は想像できていた。こんな風に放課後に呼び出しを行う場合、愛の告白か、そうでなければカツアゲと相場が決まっている。もし彼女が僕の財布に入ったなけなしの小遣いを狙っているのでなければ、つまりそういうことだろう。
しかし、その後彼女の口から告げられた言葉は、僕にとって全く想定外のものだった。
※※※
そのとき彼女が何を言ったかは、もはや言うまでもないと思う。ともかく重要なのは、この後「彼のことを調べるのに協力してほしい」という彼女の頼みを聞いてしまったのが僕らの関係性の始まりであること。そして幸か不幸か、彼女の恋がことごとく苦い結果に終わってきた結果(実際には彼女の心変わりで終わったことも多いのだが)、僕らの密会がこうして今でも続いているということだ。
「はぁ……またかい?」
「仕方ないじゃん、好きになっちゃったんだから」
僕の反応が気に入らなかったのか、上原さんは不機嫌そうに頬をぷくりと膨らませる。その姿はどことなく木の実を目一杯溜め込んだリスのようで、なんだか微笑ましい。個人的にはこのまま眺めていたいところだけど、下校時刻が着々と迫っている中ではそうも言ってはいられない。
「別にいいけどさ。それで、今回の相手は?」
校内の男子の中で上原さんの好みのタイプに合致していて、なおかつ今まで名前の挙がらなかった相手となると、候補は自ずと限られてくる。本命が4組の河辺、対抗が1年の大崎、大穴は2組の山池といったところだろうか?これまでの積み重ねから、なんとなく予想を立てる。
意中の相手が自分以外の男子を見ているという事実を本人から告げられても僕がこれだけ落ち着いていられるのは、単に慣れのせいだろうか。あるいは今回もこれまでのように何事もなく終わりを迎えるのだろうという考えがどこかにあったのかも知れない。
いずれにせよ、この後の彼女の言葉でそんな僕の余裕は崩れ去ることになるのだが。
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