第6話 この世界で生き抜くため

『黒妖犬』『黒妖犬』『黒妖犬』


脳内に分かりきったアナウンスが流れる。


知らぬ間に身体が動いていた。

本能がヤバイと一瞬で感じ取ったとのだろう。しかしそれは杞憂だったのかもしれない。


『雷魔法LV1』を前方の黒妖犬に命中させる。前方の黒妖犬の動きが停止し、直ぐに『毒魔法LV2』で追撃ちする。


後方の一匹が俺に向かって飛び掛かってくるが、鞘からダガーを素早く抜いて、飛び掛かってきた黒妖犬の両目を潰す。そのまま、視界の失った黒妖犬の首を掻っ切る。


頬を少し引っ掻かれたが傷は深くない。HPもそこまで減っていない。


ズサッ


「くっ!?」


最後の黒妖犬が、俺の右腕を鋭い前足の爪で引っ掻いた。右腕は血塗れになるが、すぐさま態勢を立ち直す。


「ガルルルルルゥゥゥ」


黒妖犬は、前よりも殺気立った形相で俺を睨んでいた。


仲間の二匹を倒したことに怒りが増幅したのだろう。思えば、俺がさっき倒した黒妖犬もこいつの仲間だったのかもしれない。様子を見に行った仲間が中々帰ってこなかったので不思議に思って仲間の向かった場所に行ったら異空間から帰ってきた俺達とばったり鉢合わせしたということだろう。

さらに、俺はこいつらの仲間たちの死骸から採取したダガーも持っている。怒りを覚えるのは当たり前だろう。


「ガァ゛ァ゛ァ゛」


黒妖犬が俺に向かって口を大きく開け、突進してくる。


もし黒妖犬が魔法を持っていて、遠距離戦も可能であるならばまだ、勝負の行方はわからなかっただろう。だが、こいつは何も考えずに怒りに任せて突進してきた。


この時点で既に決着はついていた。


ビリリ


さっきまで全速力で走っていた黒妖犬が俺の目の前で動きが止まった。口を大きく開け、黒妖犬の目は怒りから恐怖へと変わっていった。


黒妖犬の口の中に血塗れの右腕をズボッと奥まで入れる。限界まで。


そして俺はスキルポイントを300も使った『爆発魔法LV1』を発動させた。


ボンッ


黒妖犬の身体が一瞬で膨張し破裂した。黒妖犬の跡形は何処にもない。ただ、俺の頭上から黒妖犬の血の雨が降り注いでいた。


残りの二匹も既に瀕死状態だったので『毒魔法LV2』でとどめを刺した。


《経験値を獲得しました。矢崎希LV8がLV15になりました》

《熟練度が一定に達しました。『鑑定LV2』が『鑑定LV3』になりました》

《熟練度が一定に達しました。『苦痛耐性LV3』が『苦痛耐性LV4』になりました》

《熟練度が一定に達しました。『雷魔法LV1』が『雷魔法LV2』になりました》

《熟練度が一定に達しました。『剣術LV1』を獲得しました》

《熟練度が一定に達しました。『思考加速LV1』を獲得しました》

《スキルポイントを獲得しました》


「ふぅ」


張り詰めていた緊張感から解放され、全身の気が抜ける。咄嗟の判断だったが上手く行ってよかった。レベルアップしたおかげで半分以上減っていたHP、MPも全快していた。

『苦痛耐性LV4』で痛みは感じないが精神的に疲れた。


「お、お疲れ様です・・・」


華城さんが恐る恐る俺に近寄ってくる。俺は『光魔法LV2』を発動させていて、黒妖犬の血と自分の血で赤く染まっている全身が露わになっている。だから、華城さんが今の俺の姿を見て若干後退りしてるのも頷ける。


悲しきかな。


俺はそんなことを思いながら、二匹の黒妖犬の死骸をぐちゃぐちゃに解体していた。二匹だと時間が掛かりそうなので華城さんに協力してもらおうと思ったが・・・うん。駄目だよね。


作業が終わったあと、ダガーの予備をもう一つ作り、残りは全て異空間に詰め込んだ。


その後はスキルポイントを獲得したので獲得できるスキル欄を流し見していたら、『洗浄LV1』というスキルを見つけた。


マジか・・・スキルってなんでもありだな。


200ポイントで『洗浄LV1』を獲得し、血塗れの生臭い制服に向かって発動させると、みるみるうちに召喚前と・・・いや、新品同様ぐらい綺麗な状態に戻った。


「ど、どうしたんですか?それ・・・」


華城さんは突然、綺麗になった俺の姿を見て、驚いていた。


『洗浄っていうスキルを使ったらこうなった』


「何でもありですね」


うん、それ俺もさっき思った。


華城さんは苦笑いしながらそう言った。

それから、申し訳なさそうに「私にもお願いできませんか?」と言われたので『洗浄LV1』で華城さんの制服もピッカピカにしてあげた。


ちなみに、二回使うだけで『洗浄LV2』になった。これ以上、ピッカピカにしたところでって話なんだけど。


それと俺、結構強くなってるらしい。

普通に過ごしてる分には全く変化がなかったから気づかなかったけど戦闘になると、前回黒妖犬と戦ったときより何倍も身体が軽く動かせることができた。


このまま強くなれば、このダンジョンを攻略できるかもしれない


────そう思った直後だった。


「グオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」


懐かしい最悪な雄叫びが俺の脳にギシギシと伝わってきた。絶対に忘れることのない狩られる側の恐怖が甦ってくる。


幸い、オーガの雄叫びが聞こえたところから俺達のいる場所はそんなに近くないようだった。


だが、俺と華城さんはその雄叫びを聞いて、動けなくなってしまった。もし、近くにいたのならば気づかず殺されていただろう。


『恐怖耐性LV3』が発動しているはずなのに、俺達の目の前に現れたオーガを想像するだけで、身震いした。


そして自分の無力さを改めて認識した。


俺はこのダンジョンに入って黒妖犬しか倒していない。たったそれだけで俺は自分が強くなったのだと勘違いしていた。


俺はまだ、このパラダス大迷宮の一端にすら、触れていない。このダンジョンのことを何も知らない。もしかしたら、あのオーガですらも下の方の部類に入るのかもしれない。


自分の能力を過信してしまってはこの先、必ず生き抜くことは不可能。ここでオーガの雄叫びを聞けたのは不幸中の幸いなのかもしれない。もう一度、自分を見つめ直す機会をくれた。これからもこんなに上手くいくとは限らない。寧ろ、困難だらけだろう。


今の俺のままだとオーガには勝てない。


勝てないならどうする?


答えは一つ。強くなるだけだ。


敗北=死の世界で俺は生き残る。

・・・いや、生き残るだけでは駄目だ。どうせなら頂点を目指そう。この未知のダンジョンを攻略し、『死者の楽園』と言われた最大級のダンジョンで頂点となる。


現在、このダンジョンの下っ端の俺が掲げた目標。目標をたてたのはいつぶりだろうか?これほどまでに目標を絶対に達成したいと思ったのは初めてかもしれない。


時には逃げ、時には戦う。


どんな方法でもいい。

最終的にこのダンジョンの頂点となり、あいつらに復讐さえできれば。


どんな手でも使おう。恥は捨てた。くだらないプライドはいらない。


『行こうか』


足の震えはとうに消えた。

まだ、恐怖で立ち上がれない華城さんを『精神魔法LV1』で強引に起こし、この場から離れる。今日は逃げる。勝てないから。


だが、絶対にいつか向き合わないといけない。その時が来るまで辛抱しよう。近いうちにまた・・・


そして俺達はオーガの雄叫びが聞こえた方向と逆の方向に向かって歩き始めた。

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