第5話 異空間

「ここは・・・」


華城さんは何もない真っ白な空間を不思議そうにキョロキョロと見渡している。


「痛っ!」


少しして、華城さんが歩き始めたが見えない何かに頭をぶつけ、痛そうに蹲っていた。


意外とドジな部分もあるんだな。

まあ、こんな先の見えない空間が凄く狭い空間だとは思わなかったんだろう。


俺達が今いるのは『空間魔法LV1』で作り出された異空間である。ここだと、モンスターの心配もなく、安らぐことができるだろう。難点といえばまだLV1なので2m×2mの狭い空間だということと人間二人を入れるとなるとかなりのMPを消費することぐらいか・・・結構あるわ。


『ここは、『空間魔法』で創った異空間。意外と狭いから気をつけて』


それを聞きた華城さんはじーっと俺の方を不思議そうに見てきた。


なんだ、なんだ?


「聞きたいことがあるんだけど」


『どうした?』


華城さんは真剣な面持ちだった。これからとんでもない事を聞くよ、そう言っているようだった。


「なんで、そんなに多くの魔法を使ってるの?『毒魔法』だったり、『光魔法』、『空間魔法』だって、私達は一つしか貰ってないんだけど・・・」


あーそのことか。どんな突拍子もないことを聞かれるかと思っていたけどスキルのことなのか。・・・でも今のでだいたい確信できた。スキルを持っているのは多分、俺だけ。何故俺だけに与えられたかはわからないけど・・・


『華城さんはスキルっていうの持ってる?』


念のため聞いてみる。


「スキル・・・ですか?いえ、初めて聞きました」


『そのスキルっていうのが俺のステータスの中にはあってさ。そのおかげでいろんな魔法が使えるんだよ』


「は、はあ」


『俺自身もそんなに知らないから話せるのはこれぐらいかな』


華城さんは首を傾げてあんまりわかっていないようだった。まあ、そうだよね。いきなりスキルって言われてもオタク知識のない華城さんがわかるわけがないだろう。


だか、華城さんは俺がスキルについての話を打ち切ったので華城さんは次の話題を挙げようとしている。


「えーっと、他には・・・」


色々聞きたいことがあるっといった様子だったので長くなると思い、『作業しながら話しても良い?』と言った。脳内で。


「作業?はい。お構いなく」


ドチャ


俺は異空間の地面に血の塊を置いた。


「ひっ!」


華城さんは肩をビクッとさせて、小さい悲鳴をあげた。


「な、なんですか?それ・・・」


『黒妖犬の死骸』


「それはわかるんですけど・・・何に使うんですか?」


黒妖犬の死骸を見て何かに使えないかと思って持ってきたが、色々調べて見ると結構使えそうな部分があったので今から解体作業に入ろうかなと思っていた。意外と異臭が凄いが使えないことはないだろう。


解体作業といっても専門的なことはわからないからぐちゃぐちゃに触りまくるだけだけど。


『武器とか食料とかに使えるかなって』


「武器・・・食料!?こ、これを食べるんですか!?」


『だってこのままだと餓死してしまうでしょ』


「まあ、そうですけど・・・」


華城さんは納得いかない様子だった。俺自身もできれば食べたくないんだけど、生きていく上に食料は必須だからね。食えるものは食わないと。


俺は歯ぐきから二本の大きな黒い前歯を引っこ抜く。


グチュ


力任せに引っこ抜いたのでちょいグロテスクな音がした。


華城さんは咄嗟に目を閉じて耳を塞いでいる。確かにこれは、モザイク入るやつだな。


俺は黙々と作業に取り組み、20分くらいで、武器用と食用、処理用に分けることができた。


その間、華城さんはずっと無心でぶつぶつと何かを唱えていた。うん、怖い。


『終わったよ華城さん』


「・・・」


反応がない、ただの屍のようだ。


俺は華城さんの肩をゆっさゆっさと揺らす。

すると、華城さんの目は少しずつ、輝きが戻ってきた。


「私は何を・・・」


『寝てたんじゃない?』


色々とめんどくさそうなので、触れないようにした。闇の部分にはあえて、触れるべからず。


俺は『武器錬成LV1』を発動させる。脳内で完成形を描いく。すると、武器用の素材がそれぞれの形へと変化していった。1分ほどすると、目の前には黒妖犬の鋭い犬歯が刃の黒いダガーになっていた。


残った黒妖犬の毛皮でダガーをしまう鞘を作り、作業は終了。


MPは20と大幅に減ったが、満足のいく完成度だったので良しとしよう。『武器錬成』のLVを上げれば魔法付与エンチャントやもっと切れ味のいいのが作れたかもしれないが、今の俺にとってはこの完成度はかなり上出来だ。

ていうか、かっこいいな。厨二病をくすぐられるぜ。


「す、凄いです・・・」


華城さんは感嘆してぱちぱちと手を叩いていた。


『華城さんのも作ってあげようか?ペーパーナイフくらいなら作れるよ』


武器用の素材は残りほんの少しだが残っている。これくらいなら、ペーパーナイフぐらいなら作れる。あったほうが無いよりかはマシと思って提案してみたが華城さんは


「大丈夫です。私、生き物を殺すなんてことできませんから・・・」


と自分には必要ないと言って断った。


今の華城さんの言葉には作って貰うことへの遠慮は感じられなかった。本心で自分は生き物を殺したくないからと言って断ったのだ。


華城さんはまだこの状況を理解していないのか?


華城さんも知っているはず、ミノタウロスを見て、黒妖犬を見て、殺らなければ殺られるという残酷さを。それでもなお、華城さんは生き物を殺したくないと思ったのか?俺はもう、モンスターのことを経験値、ゲームの中の敵としか見ていない。それぐらいしないと生きられないからだ。


華城さんの言葉に少し呆れて、ため息をつきそうになったが、止めた。


華城さんは華城さんなりの生き方がある。その気持ちを俺は無駄に踏みにじろうとは思わない。納得はできないけど。


華城さん自身も自分がどれくらい甘いのかを理解しているんだろう。それでも、自分の生き方を曲げない。立派だと思う。


『わかった。欲しいときになったらいつでも言ってね』


「はい。すみません」


『いいんじゃない。華城さんがそれで良いなら。けど、ちゃんと食事は取ってもらうからね。目の前で餓死されても困るから』


「は、はい・・・」


うん。これ食べないつもりだったな。まあ、目の前で殺されたモノを食べるのは何かとキツイよな。知らないところで殺されたモノは躊躇なく食べるんだろうけど。


俺は黒妖犬の食べれそうなところを『熱魔法LV1』で焼きながら華城さんと話し合いを始めた。


アイリスが俺達を廃棄するためにここに送ったということ。

今いる場所がこの世界の最大級のダンジョンだということ。


その他にも自分が知っていることはできるだけ華城さんに話した。俺の話を聞いていくにつれ、華城さんの表情はだんだんと寂しいそうになっていき、話し終わった頃には、


「どうしてこんなことになってしまったんでしょうね」


と引きつった笑顔を浮かべて悲しそうに笑っていた。作った笑顔でくしゃくしゃになった目元からは一滴の雫が落ちていた。


それからは、気分を乗り換えるように全く知らないクラスメイトのことを華城さんから色々と聞いていた。美味しいともいえない硬い黒妖犬の肉を食べ、『水魔法LV1』でだした水で喉を麗しながらクラスメイトの特徴や性格を談笑混じりに語り合った。


一つ気がかりなのが、


異空間に入る前に華城さんが寝言で『・・・お姉ちゃん』と言ったことだ。明るい場所で改めて華城さんの顔を見てわかった。こんなクラスの隅にいる俺でも知っている華城奈美の姉、華城美奈。


全国模試では、常に一桁順位。

陸上では、IHの100メートル競走で一位。そして高校記録保持者。

同じクラスだが、誰も寄せ付けないほどの異彩を放っていた。


だから、わからなかった。

顔も名字も同じなのに華城美奈と華城奈美が双子の姉妹だということを。


学校で喋っているところは一度も見たことはない。寧ろ、俺は今日初めて華城奈美という存在を知った。同じ姉妹である筈なのに全くの共通点がない。


しかし、華城奈美は確かにさっき「・・・お姉ちゃん」と言っていた。そこに何があるのかは俺は聞き出せなかった。踏み込んではいけないといつの間にか思っていた。


『そろそろ戻ろうか』


「そうですね」


気付いたら一時間くらい異空間の中にいた。ずっとここにいれば安全なのかもしれない。だがそんなことはしない。


こんな血生臭い迷宮なんな直ぐに攻略して、絶対、あいつらに復讐をしよう。そう、心に誓ったから。


『空間魔法LV1』を解除する。次第に真っ白な世界から暗く、血の匂いがする大迷宮へと戻っていく。そして、全てが戻った頃に気付いた。


半開きになった口からだらだらと抑えきれない唾液を垂らしながら、グルルルと威嚇している三匹の黒妖犬が俺達の帰りを待ちわびていたことに。

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