S2 期待を背負う者

「遅くなってすみません、勇者様方。」


金髪の女性はペコリと一礼をして、和樹達のもとに近寄ってきた。この状況に憤りを感じていた慎太郎も、さっきまでとは打って変わってすこぶる落ち着いている様子だった。


金髪の女性はさも、自分がこの場にいることが当たり前かのような雰囲気を醸し出している。その光景に和樹達は呆然と佇んでいるだけだった。口を封じられている訳ではないのに誰も声を発してはいけないような気がしてならなかった。


そんな、状況を作り出しているのは他でもない、突然和樹達の前に現れた美しい女性だった。


「皆さん、落ち着かれているようで何よりです。状況を理解してないアレらとは大違いですね。私の名前はアイリスです。これから宜しくお願いします」


アイリスと名乗った女性は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は天使を想像させる程に美しく男女問わず、見惚れてしまっていた。

そのため、アイリスの話した内容をしっかりと聞いた者は殆どいなかった。


「それでは、これまでの経緯とこれからのことについて、話していきたいと思います」 


そして、アイリスはゆっくりと語り始めた。

和樹達のクラスが異世界に召喚されたことから今、ミラーゼ王国が崩壊の危機に迫っていることまで、ステータスの部分を除いて廃棄者たちに話したことと同じ内容をそっくりそのままアイリスは和樹達に話した。


話し終えたあと、アイリスは「ここまでで質問はありませんか?」と尋ねた。


多くの生徒がここまででだいぶ混乱しているようだ。正直、僕もアイリスさんのことを信頼しているわけではない。可哀想だな、とは思うがそれとこれとは話が別だ。今は何よりも自分達のことを考えるのが最優先だ。だから、僕は疑問に思ったことを口にした。


「この世界のことは、よくわかりました。異世界というのも信じ難いですが・・・無理矢理にでも納得しないといけないようです。ですが、アイリスさんたちは僕達を勇者として召喚したつもりなのでしょうが僕達はそんな大層なものではありません。極々普通の学生です。ですので、アイリスさんたちの役に立てることは難しいと思うのですが・・・」


そう、僕達はさっきまで教室で普通に授業を受けていた学生なのだ。そんな僕達を召喚したところで戦力になるとは考えにくい、そう思ったのだ。


だがアイリスはその言葉を待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑った。


「それなら、大丈夫です。勇者様方もお気づきでしょう。自分自身に大きな力が宿ったことを」


そう言ってえぐれた地面の方をチラッと見た。

和樹自身も自分達が地球人としての領域を越していることぐらいわかっていた。それでもなお、勝手に召喚された手前、命懸けの戦いをしないといけないのか、そんなことを思っていた。それは他のクラスメイトも同じらしく力になりたいとは思うけれど、戦争すら経験しなかった自分達にそれが可能なのか、すぐに死んでしまうのではないか、と不安を感じていた。アイリスは和樹達を大きな戦力として召喚したのはわかっているが、何も知らない和樹達にとって、戦争をさせられるのは酷なことだった。

こちらの雰囲気を察したのか、アイリスは申し訳なさそうな顔をして、俯いた。


軽率な判断は災いを呼ぶ。そのことを和樹は重々、承知していた。そのため、相手のことを可哀想だと哀れんでも自分達にとって大きな代償を負うのならば関わらないほうがいい。器の小さい男だと言われても皆を守るためにするべきことをする。それが和樹にとって先決すべきことだった。


「レミゼ妖精国には異世界人を元の世界に戻す書物があると言われております。本当かどうかは確かめないとわかりませんが・・・それでも・・・それでも駄目ですか?お約束します!私達は勇者様方を誰一人として死なせません!どうか、誇り高き勇者様!私達の世界を救ってもらえないでしょうか!」


アイリスは深くお辞儀をした。それに続き後ろにいる兵士達も揃って和樹達に礼をした。その姿に和樹たちはぐらついた。こんなにお願いをされて、無下に断ることは難しい。そして、今の話の中で出てきたように和樹達が戦うことで地球に帰れるかもしれないことがわかった。「それなら・・・」みたいな雰囲気もちらほらとでてきている。


「和樹、お前が決めろ」


慎太郎が僕に向かってそう言った。

それに続き、クラスメイトの中でも和樹君の意志に従うよという声が次々と上がった。


・・・やっぱりこうなるのか。


和樹はこうなることを薄々、勘付いていた。

最後は僕の判断によってすべてが決まる。そんなことが召喚前の教室でもよくあった。


大衆的に見て顔がイケている。

学校内で学力はトップクラス。

運動神経がバツグン。

リーダーシップがあり、みんなを引っ張れる力がある。

どんな生徒にも、分け隔てなく平等に接する。


だから、必然的に僕はクラスの中心にいた。別にそれは嫌なことじゃない。寧ろ、順風満帆な学校生活を送れることはとても楽しい。


だけどみんなは知らない。僕の弱い部分を。

和樹に任せれば上手く行く。和樹ならやってくれる。


そんな期待が僕に覆い被さってくる。それが痛かった、苦しかった、重かった。プレッシャーが僕の心を蝕み、眠れなかった夜もあった。それでも、僕はみんなの前では完璧な篠宮和樹を演じないといけない。みんながそれを求めているから。篠宮和樹に期待しているから。それに僕は応えなければならない。


不安で胸が痛い。

ここにいるすべての人の視線が僕を向いている。

空気が重い。一秒一秒が遅く感じる。

みんなが僕に命を預けている。それが僕にとってどれほどのプレッシャーなのか、それは僕しか知らない。僕しか知らなくていい。痛いほどのプレッシャーは僕の心の中だけで充分だ。

決めないといけない、他でもない僕が。


「やりましょう、僕達がこの国を救います」


アイリスと兵士達の顔がぱあっと明るくなった。


「本当にありがとうございますっ!」


お礼を言ったアイリスの目は嬉し涙で潤んでいた。クラスメイトたちも異論はないといった様子だった。


「但し、条件があります。クラスメイト40名を誰一人として絶対に死なせない。この国を救ったら僕達は直ぐに元の世界に帰る。それでいいですか?」


「はい。重々承知しております」


アイリスは真っ直ぐな瞳でそう言った。

その眼に和樹は少し、ほっとした。


本当にこれでよかったのだろうか。

もっと上手くできなたのではないか。

別のグルーブの人たちはどういう決断をしたのか。


今更何を考えたって遅いのはわかっている。

それでもこんなことを考えてしまうのだ。もっといい方法はなかったのか、もっと上手くできたのではないだろうか、不安という不安が僕の頭を押し寄せてくる。


「みんなでこの国を救ってやろうぜ!」

「やってやろうじゃん!」


慎太郎と真凛が僕と肩を組んできた。二人を見ると僕の心も少しは柔んだ気がした。

これからどんな過酷なことが待っているかは想像できない。でも仲間がいる。これまでの普通の友達じゃない。互いに命を預け合う大切な仲間だ。

僕がこのチームのリーダーである限り、絶対に死なせない。


和樹は人知れずそう心に誓った。


「それでは、勇者様方に与えられた力の説明を行います」


アイリスは改めて、そう言った。


この世界に召喚されて得た謎の力。この力がこれからの僕達を大きく左右させるのだろう。


例え僕に与えられた力が弱くとも、仲間達から見放されようともみんなを守るために僕は戦う。常にみんなのリーダーであるために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る