第1話 僕らは日常の狭間にて

始まりと終わりは、平等だ。

そして始まりと終わりは、唐突にやってきて、いつだって、それからは逃れられない。


私の世界は突如として終わりを迎えた。

それが、始まりなのかは、知る由もない。


花の(?)中学3年生。桜の散り始めた、4月上旬。私の、久しぶりの登校日だ。

底抜けに青い、乾いた晴れの日のことだ。


正直、私は緊張していた…のだと思う。

心臓が高鳴りすぎて、もう何がなんだか分からない。うん、これは武者震いだ、多分。

紺と白のセーラー服に、臙脂色のリボン。

私が通う、県立朝陽高等学校の制服だ。見慣れていたはずの電車からの風景が、ひどくよそよそしく見える。そんなに久しぶりのことだったか、と窓の外をぼんやりと眺めて、半年という期間の長さを感じた。

朝陽川ー朝陽川ーというアナウンスによいしょと立ち上がり、あまり混んでいない電車から出て脚を進める。駅構内はなぜか複雑な造りになっていて、半年朝陽川駅を訪れていない私は若干、そう若干迷ってしまった。

設計者許すまじ。

「ん…」

階段を上って駅から出ると、思っていたよりも眩しい太陽の光に目を細める。ずっとこのまま続いていきそうな青空を少し恨めしく思いながら学校へと向かう。

特筆するところも特にない、ありふれた街だけど、私はこの街が結構気に入っている。

さすが最寄り駅というべきか、5分弱で学校の正門の前に立つことができた。ちょっと頼りなく錆び始めた門をくぐり…………

ぬけようとして、転んだ。恥ずかしい。

それと日頃の運動不足が恨めしい。

「お、宮内か」

「あ、立川先生、おはようございます!」

私のクラス、3年4組の担任、立川蒼先生だ。立川先生は、29歳の、比較的若いほうだが、なぜか婚期を気にしていて、生徒に、いい人いない?と零していたとか、いないとか。というか、さっきのすっ転んだところ、見られてました?…見られてたらしい。

恥ずかしすぎる。赤面赤面。

「宮内、友達と登校してこなかったのか?」

そんな私の心の葛藤も露知らず先生は聞く。

「あ、はい。未香に一緒に行こうって誘われたんですけど…この脚で、未香が遅刻したら嫌だなと思いまして…」

目線をちらりと自分の脚に向けて返す。

「…そうか。宮内って…見た目に反して、優しいんだな。」

「先生、それは侮辱されたと考えてよろしいのですか??」

「よーし、もうすぐ予鈴なるから行くかあ」

「先生スルーしないでください。」

校内は、いつもどおりの賑やかさで、ほんの少し、安心した…ような気がする。職員室に一旦戻った立川先生と別れ、教室へと向かう。その途中の、廊下にて。

少し前を歩く女子2人組の1人。

未香だ。

「おはよ、未香!」

駆け寄って声を掛けると、未香は、いつもどおりに、明るく笑った。

そう、いつもどおり。

「お、おはよー結名!」

そう言って、また隣の友達と話を続けて廊下を歩いて、私から遠ざかっていく。

「………」

何か、よく分からない感情が渦巻き始めた。

今までが、コマ送りのフィルム映画のように、頭の中を流れてゆく。

未香は、私の小学校からの友達だ。

高校も一緒のところに入ろうと約束して、合格したときは2人で合格おめでとうパーティーをして、高校でも一緒に美術部に入って、小中高と変わらず、たった1人の親友で。

それなのに。

ーちょっとぐらい、何か言えばいいのに…。

零れた思考は驚くほど傲慢で。

それが、なんだかーー


妙に、虚しかった。


何も、聞こえない。

私だけが、別の世界にいるような。

ただただ、目の前の光景が、音が、全てが。

私とは違う世界のことのように感じた。

「ー君は本当は、未香に苦しんでほしかったんだ。君のことだけを考えて、後悔して、……君がいなきゃ、駄目だと思ってほしい。そうでしょ?」

その言葉は、未香が言ったようにも、私が言ったようにも、見知らぬ幼い黒髪の少女が言ったようにも聞こえた。

違う。私は、そんなのじゃ…

聞いたことがないような、けれど、懐かしいような、哀れむように淡々とした言葉。

「じゃあ…この世界に、君は必要?」

………。

答え、られなかった。

最初から、そうだった。

私に、生きる理由なんて…

なかった。

「じゃあ…」

やめて、言わないで。

「私」が…、なくなってしまうからーー


「僕らは、なんで、ここにいるの?」


…何も、なかった。

私に、ここにいる理由なんて。

ああーーこれが、絶望か。


一瞬、世界が、ぐにゃりと歪んだ気がした。

それにも反応できず、ただ、立ち尽くして。本鈴がなったのに気づいて、足取りも弱々しく、教室へと歩く。

遅刻と見なされないようにという本能からか、心なし静かに教室の後ろのドアを開けて、足音を消して入る。

ーー?

何か、おかしい。

足音を消したといえ、先生も、生徒も、私に何の反応も示さないなんて、おかしい。

もしかしてーー

自然と頭の中を通り過ぎた考えに震えながら近くの席に座るクラスメイトの肩を叩く。

反応は、なかった。

「ねえ…みんな……気づいてよ……」

呟いた言葉にも、誰も反応してくれない。

混乱して凍りついた頭は、自動的に、私の足を、教室の外へと向かせた。

私はーー



消えて、しまった?



「あーあ、あの子、逃げちゃったよ?姫」

「しょうがない。レノ、亜子から借りたやつ、持ってきた?」

「ん、持ってきてるけど」

レノと呼ばれた金髪碧眼の幼い少年と、姫と呼ばれた黒髪黒眼のこれまた幼い少女が学校の近くのビルの屋上にて会話を交わす。

「まさか、入町試験するの?」

「僕はそのつもりだよ?」

「さっすが姫。相変わらず可愛い顔して、やることはえげつないね。」

「お褒めに預かり光栄だよレノ。ーーさて」

少女の容貌にも関わらず、僕と自分のことを言う、幼いながらも美しい少女は、これまた容姿端麗な金髪の少年と共に歩きだす。

「君は、私たちと同じ、かなーー?

 ーーさあ、試させて貰おうか、結名ーー」

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