第25話 始まりとスタンガン 02
<実現会>
小林「…我々取材班は現在、団体の施設内に撮影許可を得て、真導実現会の未公開の内部に入ろうとしております。
長期間の取材を経て、そこに居る人々はどのように変わり、どのように自分達の存在を捉えているのでしょうか?それでは再び、中に入ってみたいと思います」
犬養「…どうぞ」
実現会幹部であり、メディア露出時の案内役を務める犬養が、第四ワークプレイスの扉を開ける。
この女は知りすぎている。
その意識を押し込め、犬養は努めて冷静に、案内役としての体裁を保つ。
小林「重い扉です」
都会の裏路地に不自然に建設されたプレハブ。
犬養はその不自然さに常々違和感を覚えていた。
小林「犬養さん、ここは…」
今となっては、亮太が見つけ出した地下、リンカネルを利用する為、尼斑が建設したものであると確証がある。
犬養「積んで来た徳を、集積しています。簡単に言えば過去、現在、未来。全て1つの徳なのです。
それぞれのワークプレイスがあります。
この場所は過去に当たる」
小林「では、あと2つ、同じような場所が?」
犬養は、自分の表情に感情が混入した事を後悔した。
リンカネルの存在を知られれば、全てが破綻する。
その前に、この取材班を処理しなければならない。
犬養「…ええ。現在に当たるのは、以前案内させて頂いた…」
小林「センタネル」
犬養「ええ、ええ。そうです。センタネルでは、サードアイを…これは前にお話ししましたね」
犬養は見えない世界を信じていない。
亮太に指摘された通りだった。
ただ、父親を求めていただけだったのかもしれない。
小林「では、未来に当たるのはどちらに?」
犬養「あなたは…未来を知っていますか?」
小林「え?」
犬養「これから起きる事が、手に取るように分かりますか?」
亮太から提案されたもう一つの処理方法。
彼は言った。
この女は、情に厚く、繊細な感性を持っている。
そういった人間ほど、カルトに染めやすいと。
報道関係に身を置く人間を引き込めば、リスクを差し置いても利益で釣りが来ると。
小林「分からないです」
そして、この取材で心変わりが見えない場合、はじめの処理方法を取るしかないと。
犬養「そういった場所なのです。思念の干渉も避けたい…高次の存在にのみ、立ち入りが許されています」
小林「そ、そうなんですね、」
その最終処理を見据え、この取材班には”敷地内に立ち入るのは2人”という条件を提示していた。
小林「では、そろそろ奥に進んでもよろしいですか?」
犬養「では、階段から二階へ。足元に気をつけてください。暗いので…」
小林「は、はい…本当に暗いですね…きゃっ!す、すみません!何か倒れ…」
小林は地下のリンカネルに繋がるネット回線の有線コードに足を引っ掛けた。
コードに隣接していたゴミ箱が倒れる。
犬養「ちっ…」
小林「…?な、なに、あれ…?…うっ、臭…」
そのコードが、第1の予言で七つの愚者として処理されたホームレスの姿を露わにした。
犬養「センタネルの洗礼の儀に使用する、マネキンです。古来より人形には、魂が宿ると言われ、修行者のカルマを集積するのです」
小林「で、でも、臭いが…」
犬養「…すみません。センタネルの長時間修行の関係で、生ゴミを溜め込んでしまって…申し訳ございません」
<リンカネル>
亮太は公園からリンカネルに戻っていた。
モニター越しに無線で指示を出す為だ。
亮太「ん…?」
PCで開いていたSNSが、更新を読み込まない。
インターネットの接続が完全に切れていた。
亮太「あのドジっ子アナ、回線踏みやがったな」
この後、終末予言をSNSとタイマーで畳み掛けるつもりだった。
そのどさくさで小林を処理し、世間に実現会への恐怖を植え付ける手はずだった。
亮太「流れを受け入れる、か」
リンカネルの有線が使えなくなる。
クラッキングで繋いだ街の監視カメラも、回線なしでは映らない。
それは亮太にとって痛手だ。
亮太「しゃーなしだ。上行くか」
朧は研究棟、柿神は繁華街、セリアはセンタネル。
犬養は取材案内。
彼は、自分が出向くしかない状況にあった。
<第2ワークプレイス ノルン」
亮太「…うぃっす」
犬養は、自分の不注意を恥じる。
亮太の姿を晒してしまった。
振り返ると、スマホの光が煌々と闇を照らしていた。
【施設内 2 研究室】
犬養は自分のミスを繰り返し反省しながら、同じ轍を踏まないと誓いながら、研究棟の扉を開く。
小林「ここは、何かの研究を?」
犬養「研究…というのは少し違いますが、人々の徳を積む手助けになるでしょう」
小林「可能な限りで、もう少し具体的にお願いします」
犬養「…例えるなら、サプリメントです」
小林「なるほど…健康食品のようなもの、という事ですか?」
犬養「結果的にはそのようになります」
小林「なるほど…ん?」
その時、煙草の匂いが犬養の鼻を突いた。
犬養「あー…少しお待ち下さい、何回言えば」
これは、亮太からの合図だ。
彼の行動には大抵、二手先の意図がある。
小林「え、ええ」
犬養は待機していた朧に、装着していた無線機を渡した。
朧「…」
朧はミュート、スピーカー機能を入念に確認し、亮太の無線に接続する。
亮太『犬養さんか、理紗か?』
朧は関係のない話をしてる程を装う。
朧「前も言ったけど、そこ上に臭い来るから」
亮太『理紗だな。とりあえずその調子で聞いてくれ』
朧「うん、うん、そうそう、換気口壊れてるかも。いやさ、辞めろとは言わないよ…せめて…」
亮太『小林アナは処理する。イレギュラーが起きたから。これからアプリ通知と予言を同時に流す。信者には一斉送信でDMだ、混乱に乗じて小林を狙わせる』
朧「え?それは凄いね!どんどん徳を積むなあ。お疲れ様。やっぱり君は予言の子なのかも…」
亮太『厄介なのが1人紛れ込んでる。理紗と犬養さんはすぐに離脱するんだ、いいね?俺も必要なら向かう。そろそろ切ってくれ、犬養さんに合図でもして』
朧「え、お金ない?そんなの買ってあげるわよ、待っててね?一緒にごはん、」
小林からの死角から、犬養は朧の合図を受ける。
犬養は無線を回収し、不快感を表す表情を偽造する。
犬養「控えて。不純です」
朧「やっさんは見かけによらずムッツリなんですから~、それにそれは昔の戒律でしょ?」
犬養「…作業は」
朧「だいじょび、だいじょびですよ~。予定どおり!」
朧は明るくふんわりと笑う。
この状況下で演技が出来るのは、彼女が本音を押し殺して生きてきた過去の賜物だ。
犬養は小林に向き直る。
犬養「今日は大切なヴィジターがあると伝えたはずなのですが、申し訳ありません」
小林「いえ、お気になさらずに。次は…」
その瞬間、室内に無数の通知音が飛び交った。
AK47、朧自身が制作したアプリのものだ。
小林「ッ!?」
脳が認識すれば、小林にも聞き慣れた音だった。
カメラに向き直る。リポーターとして。
小林「…通知音ですっ、スマホの通知音のような音と、無数の振動が、施設内の至る所から…」
犬養「…」
犬養を含めた信者は熱心に取り出したスマホを見つめていた。
その表情は、恍惚と言って差し支えのないものだった。
犬養と朧の表情は、演技だが。
小林「犬養さん、こ、これは一体」
先程付け直した無線から、亮太の声が届く。
亮太『犬養さん、始めてくれ』
その時の犬養の表情は、恍惚に満ちていた。
計画が、最終段階に入る喜びに満ちていた。
誤算だが、状況にはふさわしい。
犬養「取材は、中止です」
小林は腕時計を確認する。
小林「そっ、そんな…制約ではまだ時間があります!」
犬養「中止です。これもシヴァ神の導きでしょう」
食い下がる小林を他所に、信者達は次々と立ち上がり、詰め寄る。
小林「…くっ、」
小林は肌で感じていた。
リポーターとしての歴は決して長い方ではないが、それでも幾許かの修羅場は潜り抜けてきた自負があった。
その経験則…アノマリーとでも言えるような感覚が告げるのだ。
何かが、何か大きな事件が幕を開けようとしている。
カメラマンと目を合わせる。
彼は落ち着き払っている。
カメラを下ろす気は更々ないらしい。
自らの意思で中東に渡り、数々の戦場と現実をそのレンズに焼き付けてきた彼もまた、小林と同じ感覚を共有している気もした。
小林(私が、やらなきゃ…)
使命感。
繰り返させてはいけない。
もう、あんな事は…
小林「今、何が起こっているのですか!?先程の通知音は?昨今噂されている教祖再誕、街で毎日のように起こる未解決事件、一部若者の間に蔓延する異様な空気…あなた方の目的を教えて!」
足は震えていた。
それでも、後方から感じる強い意思の力が、小林を奮い立たせていた。
犬養「この国のメディアは、虚の電波ばかりを発信する…あなた方がしている事は、俗世から見た私たちのイメージと何も変わらない。そうは思いませんか?」
小林「…それはっ」
小林は言い返す事が出来なかった。
全ての真実が伝えられていたならば、小林もリポーターになろうとは思わなかっただろう。
犬養「…あなたは少し、違うようだ。カルマを背負い、目を背けない強さ。私たちは貴方のような清らかなアニマを歓迎しますよ」
小林「…だ、だったら!…真実を!真実を伝えてください!カメラに!私達はその責任を持ちます!」
犬養「…」
犬養は思案している。
そう見える。
小林はその状態を知っていた。
自分で考える事を辞め、誰かの指示を待つ…そんな現代社会の人々にありふれた状態だった。
その時、先程の女性信者が唐突に開口する。
先程の明るい雰囲気が消え、影を帯びた表情。
朧「…救いの光を、見ましたか?」
亮太の姿に気付いたかの確認。
朧の良心からの質問だ。
小林「い、いえ」
小林は最近見た光を連想する。
何か引っかかったが、素直に耳を貸すジャンルの話ではない。
朧「ほんの少し前に、貴方はその光を見たかもしれない」
小林「…あ、下でスマホが光ってた…いや、そういう事じゃないですよね」
小林が自嘲気味に呟くと、犬養が先程の無線で何やらまくし立てる。
亮太『もういい、やれ』
犬養「…慈眼から、導きの合図です」
犬養は室内の信者にハンドサインを送る。
小林「ひっ、」
同時に、信者達は距離を詰めて来た。
手には各々、凶器になり得るものが。
<第2ワークプレイス ノルン>
健介「なんでボロいくせに扉だけ妙に頑丈で…畜生、時間が!みんな、急いで!姉ちゃんがヤバイ!」
平和クラブ(キャップ)「はあ、はあ、お前やっぱ足早いなあ、ケンちゃんよぉ」
平和クラブ(ガタイ)「パ、パワー系はスピードを犠牲にしてんだべ…はあ、はあ、キッツ」
信者「行かせるか!慈眼の邪魔をするな」
平和クラブ(キャップ)「またワラワラと…」
健介「仕方ない…押し通る!」
<研究棟>
階段からは複数の足音が迫っていた。
小林は悟る。
状況を、運命を悟る。
小林(ああ、お母さんのシチュー、もう一回食べたかったなあ…ごめんね、健介、だらしないお姉ちゃんで…)
小林「…最後に1つ、質問いいですか?」
それは、小林のリポーター人生を賭けた、文字通り最後の質問だった。
朧「どうぞ」
その内容は、17年前の事件を追い続け、小林が、その残党から感じたもの。
小林「…あなた方は、何に怯えているのですか?」
女性信者「12月25日…太陽と月が交わる夜。力学の中心は東の都に集まり、北の邪心は目覚めるであろう。2つの瞳は支配し、偽りの黒煙に大地は揺れるであろう」
小林は息を飲む。
世紀末に流行った詩を起想させる。
そして、次に紡がれる言葉を想像するのは、容易だった。
「世界は、終わります」
---noise---
カメラの電源が落ちる。
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