第24話 ノイズと遡行

健介は亮太の言葉を思い出していた。

平和クラブ分裂について相談した時の言葉だ。


亮太「人は、共通の敵を見つけた時、最も団結する」



菫「ヤバイ!健介、みんなに!」



健介「分かりました!みんなシャッター街でスタンバッてるから、電話で伝えながら俺も行って来ます!」



菫「お願い!私は馬鹿2人連れて先に鎮圧に向かうよ!」



平和クラブ(キャップ)「馬鹿は酷えよ姉御ぉ」


平和クラブ(ガタイ)「でも実際馬鹿だべ?」



菫「漫才やってる場合じゃないでしょ!行くよ!」


平和クラブ×2「アラホラサッサ!!!」



<裏路地>


健介は全速力でシャッター街に向かいながら、通話ボタンを押す。

健介が平和クラブを抜けた際に衝突した、古株の幹部にコールする。


健介「全平和クラブに通達!実現会が信者を使って木犀を探し始めた!シャッター街は最後の砦だ、死んでも守る覚悟を!…偉そうに申し訳ない」



平和クラブ『…何気ィ使ってんだよ。もう俺たち、家族だろ?水臭え…カギさんもそう言うぜ!なあ!みんなァ!』


平和クラブみんな『おう!!!』


健介は涙を堪える。

泣いたら負けだ。

そう自分に言い聞かせていたから。



健介「走って行く!!!」



到着する頃。

足が速い健介の涙を、追い風が乾かしていた。




<駅前中央広場>



犬養「ゆっくり、落ち着いて降りてください」


先に立ち台から降りた犬養は、セリアに手を差し出す。


セリア「…」


犬養「どうしましたか?あっ、やめなさい!」


セリアは再び演説のマイクを取る。


閑散とした広場に、セリアの声が響く。


セリア「ジジィも、いい人!いい人だった!みんな、分かってない!…だって、だって…」


犬養「セリア…」


セリア「…ううっ、ううっ」


犬養は立ち台に登り直し、ゆっくりとセリアの小さな手に握られたマイクを取る。


犬養「…大丈夫です。私は、分かっていますから。さあ、行きましょう」


セリア「ファントム、いつも、ありがとう」


犬養「こちらこそ、ですよ」


犬養は微笑む。

ぎこちないその笑顔に、セリアは何時も安心していた。



セリア「アーカーシャ、もどる?」


犬養「ええ。これから2回目の取材が来るので…」


神柿「あ、そろそろ時間だよね?みんなで帰ろ☆」


セリア「苦しゅうナッシングオーライ!」



<裏路地>


健介「あの陸橋を越えたら繁華街だ。みんな、くれぐれも気をつけてくれ」


健介は木犀の保護を新リーダーに任せ、平和クラブの面々と共に繁華街の鎮圧に向かっていた。


平和クラブ「暴力はなるべく無し、俺らの苦手分野だなあ」


健介「彼らはネットから集まった一般人だ。手を出したらまずい…やむ終えない(→やむを得ない)場合、正当防衛だけで対処して欲しい」



平和クラブ「へいへい。平和主義はカギさん譲りだな」


健介「彼らに罪はないからさ。叩くべきは実現会だよ。さっきも言ったけど、実現会はナイフを持ってるから…」


菫「あ、健介!」


健介「菫さん!街の様子は?」


菫「それが、まずいんだ。木犀の他に、何故か平和クラブが標的にされてるみたいで…」


健介「…なるほど。奴のやりそうな事だ」


菫「街中にみんなの顔写真が撒かれてる。みんな、必ず集団で行動して!てか、出て行かない方が…」


平和クラブ「菫さん、それは無しっすよ。俺らはとっくに腹決まってんだ。カギさんの意思を引き継ぐ覚悟が」


菫「…みんな、ありがとう。健介、行こう」


健介「はい!…あ…!」



陸橋を上り始めていた平和クラブと反対側の階段から、陸橋に上がってくる集団がいた。





犬養「…ちっ」


セリア「どうした、ファントム」



アーカシャに向かう道中、繁華街に向かう平和クラブと選挙活動を終えた実現会の面々は、かち合う。


柿神「に、逃げよう??こんなとき、吾妻さんが居たら…ううう」


犬養「取材までに、時間がない…彼らも手を出しては来ないはずです。ああいう輩は、逃げたら余計に追ってくるんです」


犬養は、過去、平和クラブのようなジャンルの人間にイジメられていた自身の経験から、判断する。



陸橋の上、実現会と平和クラブは対峙する。



犬養「…通して下さいますか?」


平和クラブ「よぉオッサン。可愛い子連れてどこ行くんだァ?隣はブスだけど」


柿神「キィーッ!!!+○¥×〒=%+☆〒○^+「++%~~ッ!!」


犬養「柿神さん、抑えて下さい。大切な用事があるのです」


平和クラブ「なになに?コスプレ撮影会?」


犬養「ピキッ…まあ、撮影ではありますが」


健介「ッ!?TV局の取材か!?」



犬養「ご存知でしたか」


セリア「セリア、あのチャンネー、すこだ」


健介「行かせねえ…!なんも言わないで出て行きやがった、馬鹿姉貴が…」


菫「寛子さん、取材今日だったんだ」


セリア「菫だ」


菫「セリアちゃん…そこにいちゃダメだよ…」


セリア「どうして?」


菫「それは…悪い事をさせられちゃう、から…その子を解放してあげて!」


犬養「…出来ません」


菫「なにも知らない子まで巻き込んで!だからあんた達はッ」


セリア「セリア、自分で決めた」


菫「だ、だけど!このままじゃ…」


セリア「絵、大事にしてる、ありがとう」


菫「…くっ」


健介「菫さん、仕方ないよ…でも、いつか」



平和クラブ「おい健介、悠長に話し込んでる場合じゃねえだろ!ぶん殴ってでも…」


セリア「嫌い…何も知らない、癖に」


平和クラブ「ンだよクソガキ!女子供でも悪ィもんは悪ィんだよ」


セリア「ずるい、ずるい…セリアも普通にしてたかったもん、でも、ここしか知らないんだもん…ファントム?」



犬養「はい…?」


セリア「あの人を、殺して」


犬養「いけない。あなたは、そんな言葉を使っては…」


セリア「みんな、大嫌い…だから、亮太に従うの」



犬養はセリアの親代わりだった。

しかし、彼女の本音を見たのは、これが初めてかもしれない。


平和クラブ「やっぱこいつもグルっすよ!この電波女…空気読めなくて浮くタイプだろ?」


セリア「わざとじゃないもん、でもみんな、だんだん離れていく…パパもママも…だから、外に出ないで、静かにして…うっ、うう…」


平和クラブ「自覚してンなら出て来んなや!あんな演説で人を不安にさせて楽しいか!?あ゛?」


犬養「止めろクソガキ」



平和クラブ「あ?オッサン、キャラ違くねえ?」


犬養「社会のゴミが。貴様らのような横暴さに抑圧された人間がどれだけいるか…足りない頭で考えてみたらどうだ?」



平和クラブ「社会のゴミ?お互い様だろうがよォォ!?」


健介「よせ、気持ちは分かる。けど、これ以上は時間の無駄だよ」


菫「今はここを通るのが先」



平和クラブ「ちっ」



犬養「ここは手打ちにしませんか?お互いの利益の為にマイナスの感情を飲み込む…人間関係の基本ですよ」



菫「言い方が気に入らないけど…健介、それでいいよね?」


健介「ええ…みんな、行こう」


実現会と平和クラブはすれ違う。

お互いの向かう先に進む為に。


健介「姉ちゃんになんかしたらタダじゃおかない。対馬に伝えといて下さい。手を出したら、殺すって」



犬養「ほう?知り合いですか。ふふふ…」


健介「何がおかしい」




犬養「もう彼は、誰にも止められない。

鍵はあとひとつ…王子は、どこにいるんですかね?」


菫「…誰それ」



犬養「なるほど?…心配しなくても、ハルマゲドンはすぐそこです。貴方方も、そのカルマから解放されるでしょう」



菫「みんな、耳を貸さなくていいよ。行こう」



平和クラブは繁華街へ、実現会はアーカーシャへ。

それぞれの歩を進めた。





<公園>


亮太は朧にリンカネルを任せ、公園に来ていた。

あの暗闇の中から、最後に一度だけ解放されたいが為に。

加えて、大事な仕事の前後は、ここで一服をする事が多い。


亮太「今日は豪勢だなあ」


手には、数種類の缶詰めが入ったビニール袋。


亮太「爺さんは居ない、当たり前だけど」


以前はここで、ブルーシートの妖精に出会った。

彼は七人の愚者の1人として、ネット上の信者に処理された。

心理誘導の為とはいえ、社会的弱者である彼を手にかけた事は、亮太の心に重く沈殿していた。

もう、彼がタロットカードを広げる事は、2度とない。


亮太「今日は居ないのかな、あいつ」


亮太はタバコを咥えながら、公園を歩いてみる。


亮太「いるかー?」


公園を一通り周り、植木の影に目を向けた。

そこに、探していた黒猫を見つける。


亮太「…そっか」


黒猫の死体がそこに横たわっていた。


亮太「世知辛いな」


亮太は黒猫の亡骸を撫でる。


亮太「対等で居られた奴は、みんな先に逝っちまう」


同じ痛みを共有した鍵和田と、魂の汚れていない、汚い感情を持たない野良猫だけが、亮太にとっての安息だった。


亮太「俺はさ、お前が羨ましかったんだよ。腹が減っても孤独でも、自由でさ…昔は俺もそうだった気がするよ。けど、生きるほどに、汚いもんが無視出来なくなっちまって…」


彼の独白に、黒猫は答えない。

そよぐ夜風が、黒い毛並みを揺らしていた。


亮太「変えた後の世界、見せてやりたかったなあ…おい。お前にも、カギさんにも…」


亮太の右目には涙が溜まる。

失った左目との均衡を取るように。

彼は、人の半分の涙を流す事しか許されない。


亮太「まだ1人だけ、居るんだ。裏切らないかもしれない人間」


朧 理紗。

彼女の存在は、亮太にとってイレギュラーだ。

それでも、人は裏切る。

彼の喪失は、簡単に埋め合わせられるものではない。


亮太「…例え最後の1人になっても、俺は足掻いてみるつもりだから。だから…がはっ」


亮太は吐血する。

心因性の臓器へのダメージが、彼を蝕む。


亮太「あっちで、カギさんにも紹介するよ!みんなでまた公園に行こう?缶詰めとタバコを持って!カギさん金持ちだからさ、うまいもん食わせて、くれるから…う、うう、う…」



亮太は最後の良心を流し、地に落とす。

溢れ出す水分と共に。



亮太「だから…ゆっくりお休み。…後は俺に、任せなよ」



墓を掘ってやりたいと言う気持ちを押し殺し、亮太は取材開始時間の迫る実現会に向かう。


隻眼に再び怒りの火を灯し、彼は振り返らない。


亮太「進むだけだ。前だと思う方へ」



-noise-



そして、時は遡る。

最初の観測地点へと。

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